自閉症スペクトラム障害に有効な薬用ハーブの探索研究
緒言
自閉症スペクトラム障害(ASD)は、幼少期から思春期にかけて発症する発達障害の一種である。この疾患の中核症状の一つに社会性の低下があり、これが患者のコミュニケーション能力に支障をきたす一因となる。ASDの治療には、心理社会的支援や教育的介入に加えて薬物療法が用いられる場合があるが、ASDに関しては易刺激性など限定した適応しかなく、ASDそのものに適応のある薬剤は存在しない。また、その際に使用される薬剤も中枢神経作用薬が中心であるため、副作用や長期使用に伴うリスクが課題となる。
このような背景のもと、ASDに対する薬用植物や生薬に含まれる天然由来成分の有用性について注目が集まっている。これらは伝統医学の現場で長年使用されており、経験的に有効性と安全性が確認されてきていることから上記のリスクを伴わない新たな治療の基盤となる可能性がある。そこで、本研究では筆者らがこれまでの研究の成果からASDモデル動物として有用であると提唱してきた隔離飼育(Social isolation:SI)マウスを用いて¹⁾、²⁾、薬用ハーブの有効性について解析した。
方法
実験動物
Fujiwaraらの方法に従い¹⁾、ICR系雄性マウスを離乳直後である3週齢以降から行動実験終了時まで隔離飼育することで、SIマウスを作成した。対照群として、同週齢の群飼飼育(Group housing:GH)マウスを用いた。マウスは恒温(22±1℃)、恒湿(50±5%)、12〜12時間の明暗周期(7:00〜19:00)、餌と水が自由に摂取できる環境下で飼育した。
試料調製及び薬物投与
薬用ハーブは、以下の5種(イチョウ、セントジョンズワート、ダンディライオンルート、ブラックコホシュ、ミルクシスル)を用いた。それぞれのハーブ50gに対して精製水500mLを加え、半量になるまで煎煮した。得られた煎液をロータリーエバポレーターにより濃縮し、ハーブ抽出エキスとした。
得られたエキスは、投与量が50mg/kgとなるように精製水で希釈し、行動実験及び解剖の1時間前に経口投与した。ドパミンD₁受容体遮断薬であるSCH23390を用いる条件では、ハーブ抽出エキス投与の30分前に0.2mg/kgとなるように腹腔内投与した。
行動実験
マウスの社会性行動を評価する3-Chamber testをEbiharaらの方法に従って行った³⁾。装置は横並び3室に仕切られており、両端の部屋に同型の透明なシリンジを配置した。中央の部屋に被験マウスを配置し、両側のシリンジには何も入れない状態で5分間自由に探索させ、装置に順化させた。その後、片側のシリンジにこれまで被験マウスと面識のないマウス(strangerマウス)を置き、10分間探索させ被験マウスがstrangerマウスに鼻先を向けて接触した時間を計測し、社会性の指標とした。指標に用いた識別指数は次の式を用いて計算した。

図1 3-Chamber test装置の概要(※画像参照)
生化学的解析
行動実験終了後にマウスを断頭し、前頭皮質を摘出した。脳組織に各種プロテアーゼ阻害薬(Roche Diagnostics K.K.)を含んだ可溶化液(RIPA buffer: Cell Signaling Technology Inc.)を加え、TissueLyser®で粉砕した。破砕液を4℃、10,000rpmで5分間遠心操作を行い、得られた上清をタンパク溶液とした。BCA protein assay kit(Thermo Fisher Scientific)を用いてタンパク濃度を測定し、各サンプルのタンパク濃度を1mg/mLに調整した。得られた脳組織サンプルは、Dopamine Research ELISA及びSerotonin high sensitive ELISA(共にImmusmol SAS)を用いてドパミン及びセロトニン量を定量した。
結果
SIによって表出する社会性低下行動に対する5種のハーブエキスの効果を3-Chamber testで解析した。SI群は、GH群に比べてstrangerマウスとの接触時間が減少する傾向が見られた。この社会性低下行動に対し、ダンディライオンルート(Taraxacum officinale:以下TO)及びミルクシスル(Silybum marianum:以下SM)が回復傾向を示した(図2)。

図2 SI誘発性の社会性低下行動に対する5種の薬用ハーブの効果。GB:イチョウ、HP:セントジョンズワート、TO:ダンディライオンルート、CR:ブラックコホシュ、SM:ミルクシスルである。(※画像参照)
筆者らのこれまでの研究成果から、SIマウスの社会性低下行動にはドパミンD₁受容体が関与していることが明らかとなっている²⁾。そのため、TO及びSMの改善効果にドパミンD₁受容体がかかわっているかを同受容体の遮断薬であるSCH23390を用いて解析した。その結果、SI誘発性社会性低下行動に対するTO及びSMの改善効果はSCH23390の併用によっても抑制されなかった。このことから、TO及びSMはドパミンD₁受容体を介さない経路で改善効果を示すことが示唆された(図3)。

図3 TO及びSMによる社会性改善効果に対するドパミンD₁受容体遮断薬の効果(※画像参照)
発達障害モデル動物の脳内、特に前頭皮質ではドパミン、セロトニンなどの神経伝達物質であるモノアミン類量が変動することが報告されている⁴⁻⁶⁾。そこで、SIマウスの前頭皮質のドパミン及びセロトニン量を測定すると共に、TO及びSM投与による変動への影響を測定した。その結果、SIマウス前頭皮質のドパミン量はGHマウスに比べて減少すること、並びにSIマウスにTOを投与することにより、GHマウスと同レベルまで回復することが明らかとなった(図4)。また、SIマウス前頭皮質のセロトニン量はGHマウスと比べて変化はないが、SIマウスにTO及びSMを投与することにより、前頭皮質セロトニン量が増加することが明らかとなった(図5)。


図4 SI誘発性の前頭皮質ドパミン量低下に対するTO及びSMの影響(※画像参照)
図5 SI誘発性の前頭皮質のセロトニン低下に対するTO及びSMの影響(※画像参照)
考察及び今後の展望
本研究の結果から、SIマウスに表出するASD様社会性低下行動に対してTO及びSM抽出エキスが改善効果を示した。この改善作用はドパミンD₁受容体を介さないものの、ドパミンやセロトニンなど、発達障害患者脳内で変動する神経伝達物質を制御する可能性が示唆された。このことから、ダンディライオンルート及びミルクシスルはASDの社会性低下を改善するハーブとして有用である可能性が示唆された。両ハーブとも精神神経疾患分野への応用が期待されてはいるものの⁷⁾、⁸⁾、ASD症状の改善に着目した研究はこれまでにない。本研究をさらに詳細に遂行することにより、安全で有効な治療薬の乏しいASDに対する新たな治療方法を提供できると考えている。ただし本研究では、行動実験直前の単回投与で行ったが、ハーブティーのような用法を想定すると、慢性投与による効果の検証も必要となるため、そちらは今後の課題となる。
先に述べた通り、発達障害の薬物療法において問題となるのは、依存などの副作用の発現頻度の高さであり、この点が患者というよりもその関係者(多くは保護者)が薬物療法を敬遠する理由となる。実験動物とヒト、特に小児での有効濃度の差については今後詳細に解析していく必要があるが、副作用というリスクは大幅に軽減できることが期待される。また、機能性食品などの形態をとることにより、一般医薬品よりも比較的短期間で臨床の場に提供できることが期待される。
謝辞
本研究は、特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会の研究助成を受けて実施いたしました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
[参考文献]
1) Fujiwara et al., BMC Complement Altern Med 17: 195, 2017.
2) Okada et al., Neuroscience 299:134-145, 2015.
3) Ebihara et al., Behav Brain Res 334:6-15, 2017.
4) Fujiwara et al., Biochem Biophys Res Commun 799:153264, 2026.
5) Kostrzewa et al., Curr Top Behav Neurosci 29: 279-293, 2016.
6) Reader et al., J Neural Transm 59:207-227, 1984.
7) Huang et al., Nutrients 10:926, 2018.
8) Lee et al., BMC Complement Med Ther 20:70, 2020.

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第76号 2026年6月