ハーブとエッセンシャルオイルのケミストリー テルペノイドの生合成
ハーブやエッセンシャルオイルには、さまざまな成分が含まれています。これらの成分の多くは、炭素・水素・酸素、場合によっては窒素を含む化合物であり、その基本的な構造の特徴に応じて、植物体内で主に4つの異なる経路、すなわち酢酸-マロン酸経路、イソプレノイド経路、シキミ酸経路、アミノ酸経路、あるいはそれらが組み合わさった複合的な経路を通じて生合成されます(本誌71号参照)。本稿では、ハーブやエッセンシャルオイルに含まれる機能性成分や香り成分の多くが合成される「イソプレノイド経路」について解説します。
1.テルペノイド
テルペノイドとは、炭素5個からなる「イソプレン単位」を基本構造とする化合物群の総称であり、それらが生合成される経路を「イソプレノイド経路」と呼びます。例えば、オレンジの香り成分であるリモネン、ゼラニウムの香りであるゲラニオール、ショウノウの香りであるカンファーなどは、いずれもイソプレン単位が結合して形成された炭素骨格を持っています。植物由来のテルペノイドは、有用な成分の宝庫であり、医薬品・香料・食品添加物など、私たちの生活のさまざまな場面で幅広く利用されています。

話を進める前に、イソプレノイド、テルペン、テルペノイドの違いについて整理したいと思います。イソプレノイドはイソプレン単位を基本骨格とするすべての化合物の総称で、最も広い概念で、構造や機能が多様です。テルペンはイソプレン単位が「そのまま」連結してできた炭化水素(C, Hのみ)です。テルペノイドはテルペンが酸化されて官能基(例:アルコール、ケトン)を持つようになったテルペンの誘導体です。特に、植物や微生物が生合成するイソプレノイドはテルペノイドあるいはテルペンと呼ばれることがあります。これは、はじめて構造が決定されたイソプレノイドがマツ科植物の樹脂や松脂を水蒸気蒸留して得られる精油であるテレビン油(turpentine oil)から単離されたことによります。
2.メバロン酸経路と非メバロン酸経路
テルペノイドは、現在知られているだけでも数万種を超える、非常に多様な大規模な化合物群です。これらは、共通の構成単位であるイソペンテニル二リン酸(IPP)とジメチルアリル二リン酸(DMAPP)が縮合することで生成されます。長年にわたり、IPPとDMAPPは生物体内でメバロン酸経路によってのみ生合成されると考えられてきました。しかし1996年、フランス・パスツール研究所のミッシェル・ロメール(M. Rohmer)によって、メバロン酸経路を経由しない新しいIPP生合成経路が発見されました。この発見は、イソプレノイドの生合成に関する従来の常識を覆す画期的なものであり、世界中の研究者に大きな衝撃と混乱をもたらしました。現在でも未解明な点は残されていますが、この新しい経路は「非メバロン酸経路」または「メチルエリスリトール4-リン酸(MEP)経路」として広く知られています。
2.1メバロン酸の発見
本題に入る前に少し寄り道をして、イソプレノイド経路の主役である「メバロン酸」の発見についてご紹介したいと思います。メバロン酸は、1956年に日本とアメリカでほぼ同時期に発見されました。日本では、文化功労者で東京大学名誉教授の田村學造が、清酒の製造に深刻な被害をもたらす「火落ち」現象(日本酒が白濁して酸敗する現象)に関する研究を進めていました。この現象は、真性火落菌と呼ばれる乳酸菌 Lactobacillus heterohiochii および Lactobacillus homohiochii の異常繁殖によって引き起こされます。田村は、これらの菌の未知の生育因子を追跡する中で「ヒオチ酸」と名付けた新たな化合物を発見し、1956年に発表しました。一方、アメリカでは製薬会社Merck社のカール・フォルカーズ(K. Folkers)が、乳酸菌 Lactobacillus acidophilus の生育に不可欠な因子をウイスキーの蒸留廃液から分離し、その構造を解明。最初は「ジバロン酸」と命名しましたが、すでに同名の物質が存在していたため、「メバロン酸」と改名されました。その後、田村のヒオチ酸とフォルカーズのメバロン酸が同一の物質であることが確認され、両者の連名で「メバロン酸」として正式に報告されました。研究にはよくあることですが、もし田村の発見がもう少し早ければ、現在「メバロン酸経路」と呼ばれている経路は「ヒオチ酸経路」となっていたかもしれません。
2.2メバロン酸経路
メバロン酸は、3分子のアセチルCoAから合成されます。まず、2分子のアセチルCoAが縮合してアセトアセチルCoAが生成されます。次に、これにもう1分子のアセチルCoAが加わり、縮合反応を経て、ヒドロキシメチルグルタリルCoA(HMG-CoA)に変換されます。このHMG-CoAは、HMG-CoA還元酵素によって還元され、鍵となる中間体「メバロン酸」が生成されます。なお、この還元反応はメバロン酸経路における律速反応(経路全体の速度を決定する重要な反応)とされています。メバロン酸は炭素数6個の化合物ですが、その後リン酸化を受けた後に脱炭酸反応を経て、炭素数5個のイソペンテニル二リン酸(IPP)が生成されます。IPPは、異性化酵素の働きにより、可逆的にジメチルアリル二リン酸(DMAPP)へと変換されます(図1)。
2.3非メバロン酸経路
イソプレン単位を生成するもう一つの経路は、メバロン酸を経由しないことから「非メバロン酸経路」と呼ばれています。この経路では、解糖系(本誌71号参照)で生じるピルビン酸とグリセルアルデヒド3-リン酸が縮合し、さらに転移反応や還元反応を経て、2-C-メチルエリスリトール4-リン酸(MEP)が生成されます。その後、MEPはリン酸化などの反応を経て、最終的にメバロン酸経路と同様に炭素数5個のイソプレン単位であるIPPとDMAPPを生成します(図2)。この経路では、MEPが重要な中間体であることから、「メチルエリスリトール4-リン酸経路(MEP経路)」とも呼ばれています。


3.テルペノイドの生合成(図3)
イソペンテニル二リン酸(IPP)と、その異性体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)は、「head-to-tail型」の縮合反応により、C10化合物であるゲラニル二リン酸(GPP)を生成します。さらに、GPPにIPPが順次縮合することで、C15化合物のファルネシル二リン酸(FPP)、C20化合物のゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)が生成されます。これらの中間体から、GPPはモノテルペン、FPPはセスキテルペン、GGPPはジテルペンの前駆体となります。一方、FPPが2分子「tail-to-tail型」に結合すると、C30化合物のスクワレンが生成されます。スクワレンはさらに環化反応を経て、トリテルペンやステロイドへと変換されます。同様に、2分子のGPPが「tail-to-tail型」に結合すると、C40化合物であるカロテノイドが生成されます。

4.メバロン酸経路と非メバロン酸経路(MEP経路)の分布(図4)
メバロン酸経路と非メバロン酸経路(MEP経路)は、生物界でどのように分布しているのでしょうか。未解明な点も多く残されていますが、現在わかっていることを以下にまとめます。メバロン酸経路は、植物・動物・酵母などの真核生物の細胞質に存在し、一部の放線菌や古細菌にも見られます。この経路では、セスキテルペン(C15)、トリテルペン(C30)、ステロイドなどが生合成されます。一方、非メバロン酸経路(MEP経路)は植物の葉緑体(色素体)や多くのバクテリアに存在し、モノテルペン(C10)、ジテルペン(C20)、カロテノイド(C40)などの合成に関与しています。ひとつの植物が、なぜ2種類の異なる経路でイソプレノイドを合成しているのかは、現在も重要な研究テーマの一つです。両経路がどのように連携し、どのように制御されているのかについては、まだ完全には解明されていません。

5.まとめ
モノテルペン、セスキテルペン、ジテルペン、およびトリテルペンの生合成では、いずれもイソプレン単位が連結してできる直鎖状のイソプレノイドから、さまざまな環状骨格を生成するテルペン合成酵素が構造の多様性を生み出します。テルペノイドの分類と代表的な生成物を表1に示しました。
次回は、ハーブやエッセンシャルオイルの主要成分であるモノテルペノイドの化学についてご紹介します。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第73号 2025年9月






