2025.12.19

ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学:女性なるものの神学 聖ヒルデガルトの女性への療法

長谷川 弘江

 村上志緒理事のご逝去の報に接し、心よりお悔やみ申し上げます。出会いは1999年日本アロマテラピー協会での「伝承ハーブ研究会」の参加から。長年にわたりハーブの研究と啓蒙に尽力され、その指導力と温かい人柄から多くの方に種を撒かれ深い影響を与えました。私のことを「ありすさん」、私は当時昆虫の研究をされていた由縁から「(虫愛でる)姫」と呼び、家族ぐるみでお世話になりました。研究会で調べた日本や環太平洋の植物、私はドイツ、聖ヒルデガルトの古文書の訳をまとめた記事を会報誌に寄稿。2002年東京堂出版「日本のハーブ事典 身近なハーブ活用術」にもお誘いいただき、「オオバコ」「オトギリソウ」「菊」「ザクロ」「スギナ」「蕎麦」「ドクダミ」「ハコベ」を担当しました。協会の支援の元、2004年『東大寺 正倉院の香りから日本のアロマテラピーの源流を探る−香薬の民俗の観点より』という論文も村上先生のアドバイスなしでは上梓できませんでした。ご冥福をお祈り申し上げますと共に、深く哀悼の意を表します。

 悲しみについては20回でもご紹介しましたが、聖ヒルデガルトは心のケアを大切にしています。悲しみから怒り、そしてバランスを崩し身体に不調が現れる。おかゆなど消化のよいものを食べ、休み、祈る。悲哀には、ロングペッパー・レモンバーム・ミントを摂るとあります。憂鬱で落胆している時はオニキス(縞めのう)を見つめなさい。そして石を口にふくむと悲しみは治まるでしょう、とも。

 緑の力を考えましょう。デュマン先生からは「ヒソップをよく食べると、体液の腐敗した泡を浄化する。どんな食事にも合わせることができる。生で食べるよりも、ゆでたり乾燥して粉にしたものの方が好ましい。食べると肝臓を活性化し、肺も浄化する。肝臓の痛みで咳が出る人や、肺に問題があって、長いゆっくりとした呼吸ができない人は肉料理に入れたり、ソースを作ったりするとよい。悲しみのあまり肝臓が傷んだ人は、病気が悪化する前に若鶏をヒソップで煮込んだものがよい。この料理には、粉状のヒソップを使う。胃をよくするため、または、潰瘍の治療のためにヒソップが使われる。新鮮なヒソップを漬け込んだワインをよく飲む。また、そのヒソップも食べる。肝臓療法として、ヒソップと、甘草とシナモン、フェンネルクラウト(緑の部分)またはフェンネルシードとはちみつとワインで、エリクサー(万能薬)を作る。何日かおきにそれを飲むとよい」と習いました。

 また、今、注目されているフェムテック。Female X Technologyの造語で、女性の健康を支える商品やサービスのことですが今まで恥ずかしい・我慢すべきものとされていた性差の健康について聖ヒルデガルトはどう考えていたのかというご質問をいただきました。ヘルスケアアドバイザーとして学んだことをまとめると、彼女の神学は、特に女性的な視点からの洞察が特徴的で、女性性に関する独自の見解(女性が男性と同じように霊的な指導者としての役割を果たすことができる・出産は神の愛と知恵が反映されている)と、女性の教育と自己成長を重視し、女性が自分自身の知識と信仰を深めることが重要だと教育プログラムを提唱しました。この考えは、中世の女性にとって非常に影響力がありました。「おお 女の形、知恵の妹よ、あなたの栄光はいかに大いなることか(聖ルベルツ伝)」。

 また、ヒルデガルトの『病因と治療』には性交と受胎について、月経がなぜあるかと説いています。「女が男と交わりをもつと、女の脳にある熱は歓喜し性交の喜びを感じとる(妊娠)」。男性の愛は「燃えるような熱」、「欲望の嵐」として特徴づけられます。対照的に、女性の愛は「穏やかでありながら安定している」。ある箇所は、女性の性行動を説得力のある共感的な描写も。「月経の流れは命をもたらす生ける力であり、生気に満ちた活力である。この流れが成長して、子どもになる(受胎能力)」。このような表現は今まで隠されていました。「女性の月経の流れは生命をもたらしてくれる生きる力で、生き生きとした緑の力です。月経の痛みがある時、同じ量のタンジーとナツシロギク、その量より多めのマレインを煮ておいて、お風呂を用意します。半身浴する際に、風呂椅子にそのハーブをおいてすわりなさい。性器やおへその周辺にもあてるといいでしょう。または、ラード、卵、ラベジを絞った汁でおかゆを作り食べなさい。月経痛がひどい時は、牛肉や粗食はやめなさい。水も沸かしたものを冷まして飲むと柔らかくなるでしょう。月経が長引く場合は、リネン(麻)の布を冷たい水につけたものを足のももとすねの部分にあてなさい。足、お腹、胸、うでの血管を両手でやさしくなでさするのもよいでしょう。働きすぎや疲れは、痛みをひどくします。口あたりが硬いものや苦いもののとりすぎに注意しましょう。柔らかくて甘い食べ物は癒しになります。ビール・ワインもほどよくのみましょう」(bookⅡ185〜187)。現代ドイツの自然療法でも、キャベツ湿布・冷やしたリネンの湿布はシュタイナーの学校でも紹介されています。

 自然療法の女神と呼ばれた彼女の思いが皆様に。安寧とご健勝を祈ります。

長谷川 弘江 はせがわ・ひろえ
国際ヒルデガルド会 DanielaDumann認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー ヒルデガルトフォーラム・ジャパン副代表。
英国ハーブ医学校通信課程修了。ハーブ医学とヒポクラテス、ディオスコリデス、プリニウス、パラケルスス研究の大槻真一郎氏、ドイツハイルプラクティカー連盟(BDH)副会長・民族医療協会"Gyu zhi"主宰ペーター・ゲルマン氏に師事。伝承と身近な植物のルネサンスをテーマに活動中。『ヒルデガルトの宝石論―神秘の宝石療法 (ヒーリング錬金術)』大槻真一郎著(コスモスライブラリー)で解説を執筆する他、著書多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第73号 2025年9月