2025.12.17

植物たちが秘める健康力:〜日本人の長寿を支える“納豆の力”〜

甲南大学名誉教授

田中 修

 日本では、古くから、納豆が食べられています。縄文時代の末期には、納豆らしきものが食べられていたと考えられ、平安時代に、僧侶などにより、現在の納豆に近いものが作られたといわれます。今回は、私たちの健康を支えてきた、日本の伝統食品の一つである納豆の“力”について紹介します。

納豆菌による栄養成分の変化

 納豆の原料はダイズですが、納豆菌による発酵によって、納豆では、ダイズの主成分であるタンパク質は、消化吸収がよくなるとされます。納豆がタンパク質源として優れていることは、多くの人々によく理解されています。

 何年か前、日本で狂牛病に感染した牛が確認されたことをきっかけに、一時的な消費者の牛肉離れが起こりました。そのとき、牛肉に代わるタンパク質源として、豚肉、鶏肉とともに、目が向けられたのは納豆で、消費量が急激に増加しました。

 一方、納豆菌がダイズを発酵させることによって、納豆には、ダイズとは量的に変化する栄養や薬効成分があります。たとえば、ビタミンB2やビタミンKなどで、これらは納豆でダイズより増加します。

 ポリアミンと総称されるスペルミジンやスペルミン、プトレシンなどは、ダイズに含まれますが、納豆になると、スペルミジンが特に増加します。その含有量は、多く含まれる味噌やチーズ、ヨーグルトなどと比べても、高くなります。

 一方、納豆では、ダイズにはなかった、イソ吉草酸やピラジンなどの独特な香気成分とともに、特有の栄養成分が生まれます。それらが、ポリグルタミン酸とナットウキナーゼです。ポリグルタミン酸は、納豆のネバネバ成分の本体であり、これは、ダイズに含まれるアミノ酸の一種であるグルタミン酸から、納豆菌によって作り出されるものです。ナットウキナーゼは、ネバネバに含まれる酵素で、発酵の過程で生成されます。

納豆の栄養成分の効果とは?

 納豆菌による発酵で増加したり新たに作り出されたりした栄養成分は、私たちの健康に貢献することが知られています。

 ビタミンB2は、脂肪を分解して、動脈硬化の予防にも役立ち、疲労の回復や肝臓機能の向上に効果があります。また、「発育のビタミン」と呼ばれることがあり、細胞の成長を促し、子どもの成長を促進する作用があります。

 ビタミンKは、血液の凝固に役立ち、出血を止めるのに働きます。また、骨の形成を促し、中高年の女性の骨を丈夫にする効果があります。

 スペルミジンは、身体の状態を正常に保つ働きをもつ物質ですが、高齢になるにつれて、その量が減っていくことがわかっています。そのため、納豆を食べれば、血中のスペルミジン濃度が増え、細胞の成長や分裂を促進することで、老化を防止し、動脈硬化を予防する効果があることが見出されています。

 ネバネバ成分であるポリグルタミン酸は、胃壁を守り、腸の中の通りをよくし、老廃物などの排泄を促します。また、ポリグルタミン酸は、体内の水分の保持に働くヒアルロン酸を分解する酵素の働きを抑制し、保湿効果をもたらし、カルシウムの吸収を促進して、骨粗しょう症を予防します。

 ナットウキナーゼは、血管を詰まらせ脳梗塞や心筋梗塞の原因となる血栓を溶かし、血液をサラサラにする効果をもたらすといわれます。血栓の主成分であるフィブリンという物質を分解するだけでなく、もともと備わっている血栓を溶解する酵素を活性化させ、血栓の溶解を阻害する物質がつくられるのを抑制するとも考えられています。

納豆成分についての新しい知見

 近年、納豆やその栄養成分が、私たちの健康にどのように貢献するかという新たな知見が得られてきています。そのいくつかを紹介します。

 2017年、農研機構や自治医大などの研究グループにより、ポリアミン濃度の高いダイズを用いて作成された納豆を摂食したマウスでは、老化や生活習慣病の原因となる遺伝子の老化が抑制され、寿命が延長する可能性が示されています。

 2019年、富山大学は、早産の経験のある人や人工的に早産になる可能性のある人を除いた約77,000人を対象に調査しました。その結果、納豆や味噌汁、ヨーグルトを食べる頻度が高い人は、早期早産が少なくなることが発表されています。

 2021年、オーストリアの研究所は、スペルミジンが、高齢のマウスの認知機能を改善するだけでなく、人間の認知機能の低下を抑制する可能性を示しました。

 2023年、納豆が動脈硬化を抑制することは知られていましたが、筑波大学の研究により、これは納豆菌と納豆に多く含まれるビタミンKの働きであることが示されました。納豆菌は、腸内細菌として存在するだけでなく、腸内細菌の組成を変化させることや、ビタミンKの働きで炎症が抑制されることで、動脈硬化を予防できる可能性が示されました。

甲南大学名誉教授
田中 修
たなか・おさむ 京都大学農学部卒業、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、『誰かに話したくなる植物たちの秘密』(大和書房)、『かぐわしき植物たちの秘密』(山と渓谷社)、『植物たちに心はあるのか』(SB新書)、四季折々の植物の個性と生きぬく力を著した『雑草散策』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第73号 2025年9月