2022.7.20

ラベンダーの多様性:精油の効果を最大限に活用するために

東邦大学薬学部 医療薬学教育センター 社会薬学研究室 講師

高橋瑞穂

はじめに

「生物多様性(Biological Diversity)」という言葉を耳にする機会が増えてきた。地球上の生物がバラエティに富んでいることを意味する言葉として広まっている。

“ラベンダー”は、地中海沿岸を原産とするシソ科(Lamiaceae)の常緑生低木であるが、ラバンデュラ属植物(Lavandula spp.)に属する全植物が含まれる。形態学的には3つの亜属(subgenera)、8つの節(section)にまたがる39種もの異なる植物で構成されており1)、非常に多様性に富んだ植物と言える。

人気が高いため、観賞用・香料生産を目的とした人工交配も積極的に進められており、栽培種(cultivar)も含めたラベンダーの種の全数把握は現実的でないとまで言われている。

ラベンダーの薬用植物としての歴史は非常に古く、ラベンダーから得られる精油(Lavender essential oil(LvEO))についても、リラックス作用や心身の調子を整える効果により民間での利用が普及した他、不安への作用は、医療・介護での応用も期待されている2)

一方、こうした精神系への作用を期待したLvEOの芳香療法に対し、『作用発現の普遍性や再現性の担保が不十分』との指摘があることも事実である。著者らは、多様性に富んだLvEOの効果を最大限に活用するためには、有効性発現にバラツキを生じうる各因子について追究し、学際的評価による生理活性作用の全体像解明が重要であると考えのもと、LvEOの基原および精油成分と抗不安作用との関係を明らかにすることを目的として研究を行ってきた。本稿ではその結果の一部を紹介したい。

4系統6種類のラベンダー精油の成分分析と精油吸入による不安関連行動の評価3)

まず、ラベンダーの形態学的な多様性と精油構成成分の違いが効果に影響を及ぼすのかを調べるため、形態学上4系統(Angustiforia系、Spike Lavender系、Hybrid(Lavandin)系、Stoechas系)に分類され、種の異なるラベンダー精油試料6種(仏産および西産、本邦にて購入)の成分分析を行い、それぞれの精油を吸入させたマウスを対象にEPMを用いた不安関連行動評価を行った3)。成分分析結果(表1)からは、同じラベンダー精油であっても種の違いにより成分組成が大きく異なることが見て取れる。また、ラベンダー精油の主要成分とされ、精油の香りや作用を特徴付けるとされるLinalool(LO)、Linalyl acetate(LA)をほとんど含まない系統(Stoechas)が存在することも確認された3)。

図1は、これら6種の精油をマウスに吸入させた場合の精油の効果(抗不安様作用)をEPM試験で評価した結果である。オープンアームでの滞在時間延長で示されるこの作用は、Spike Lavender系に分類されるL. latifoliaで最大であった。これまでの報告において、LvEOによる不安への効果は、精油中のLOの量に依存するとされていたが1)、本調査結果からは、LO単独よりも、LOとLAとが共存した場合の方が不安への作用との相関は大きく、両者の含有率の和と抗不安様作用との間に、統計学的に有意な相関が認められた(r=0.82, p <0.05)。

著者らは、精油試料を用いた調査に加え、本邦関東近郊のラベンダー栽培地(全7サイト)にて、種・品種・産地の異なる合計24種(それぞれ花部・茎・葉)についても植物試料を入手し、成分分析を行っている。その結果、LvEOの主要成分(LO、LA)の含有量や組成比には、基原植物の系統間のみならず、系統内においても大きな変動が見られ、植物の生育環境など、後天的な因子も大きく影響することが明らかになった。

興味深いのは、LA含有量と植物サンプルを採取したサイトの高度(海抜)との間に正の相関(r=0.65, p <0.01)が認められたことであり、ラベンダー栽培地の高度が得られる精油の成分構成に差異を生じる環境因子の一つとなっていると考えられた。

表1. Lavandula 属6種から得られた精油の成分組成

図1. 6種のラベンダー精油吸入時のEPM試験結果


DW:蒸留水、6種の精油試料、LO(linalool)・LA(linalyl acetate)の標準品 各4μL/L air吸入後にEPM試験を実施した際のオープンアーム滞在時間(秒)Mean ± SE *:p < 0.05、**:p < 0.01

※Elevated-Plus Maze Test[高架式十字迷路試験]:壁のある2本の腕(クローズアーム)と壁のない2本の腕(オープンアーム)を中央で交差させ、床上60 cmの高さに配置する十字型迷路構造の装置を用いて行う行動薬理試験。げっ歯動物が開放的な場所に対する不安感と、新環境に対する探索欲求との両者を併せ持つことを利用したコンフリクトモデルの一つで、不安や恐怖を減じられたマウスでは、通常マウスに比べ、壁のないオープンアームに侵入してくる割合や滞在時間が増すことをもって抗不安様作用を示したと評価する。

水浸ストレス負荷(不眠)モデルを用いたLvEOの活性評価4)

次に、精油の効果発現に影響を与えうるもう一つの要因として、精油を摂取する側の状態に着目して行った調査について紹介する。現在、芳香療法の利用のされ方は、リラクセーション目的の民間利用と、医療や介護の現場での利用とに大別される。

ストレスレベルが大きく異なることが予測される対象間で、精油の効果が同様に得られるのかを確認するため、中程度のストレス負荷をかけ不眠状態とした病態動物モデル(Stress(+)群)と正常群(Stress(-)群)との間で精油の効果を比較した。

評価には、EPM試験を用いた行動薬理学的アプローチに加え、ストレスマーカー候補とされている遺伝子やタンパクの変動をみる神経科学的アプローチを採択した。

まず、行動薬理試験の結果を図3Aに示した。LvEO吸入群ではストレス負荷の有無によらずLvEO/Stress(−)、LvEO/Stress(+)の両群で抗不安様作用が認められたが、その効果は、ストレス負荷群においてより顕著であった。

次に、遺伝子発現量の解析では、ストレス負荷によりNGFR mRNA(図3B)の発現レベルに顕著な低下が認められたが、LvEOの吸入はこの変化を逆転させており、LvEOが、ストレスによる遺伝子発現レベルへの影響を消失させていたことが示唆された。GLK1は、ストレスの存在で発現量が上昇する傾向にあることが報告されているが、今回の評価でも同様の結果が得られた(図3C)。

さらに、ストレス負荷によるGLK1発現レベルの上昇が精油吸入群では認められなかったことから、精油の吸入がストレス負荷による影響を緩和したものと考えられる。一方、ストレス負荷なしの精油吸入群(LvEO/stress(−)群)において、ストレスレベルの上昇を示す結果が得られており(図3B)、LvEOがストレッサーとして働いていたことを示すものと理解している。LvEOの効果は、対象動物のストレスレベルに対応し、作用の方向性が変化する可能性のあることが示唆された。

図3. ストレス負荷による情動行動と脳内遺伝子・タンパク質発現量の変化にラベンダー精油が及ぼす影響

A:情動行動における変化(オープンアーム滞在時間)
B:遺伝子(NGFR mRNA)発現量における変化
C:タンパク質(GLK1)発現量における変化
Mean ± SE *:p < 0.05、**:p < 0.01

【まとめ】

LvEOの基原と精油成分による抗不安作用について検討した結果、得られた知見を3点にまとめた。

(1)形態学的分類による系統間及び系統内に、量的・質的な含有成分の相違が認められ、抗不安様作用にも顕著な影響がみられた、

(2)LvEO吸入による抗不安様作用発現には、従来活性本体と考えられてきたLOに加えLAの共存が必要であり、両者が相乗的に作用している可能性がある、

(3)LvEO吸入によって現れる不安関連行動ならびに脳内遺伝子・タンパク質発現量の変化は、精油を摂取する対象動物が置かれたストレスレベルに応じその方向性が変わりうる。

精油の構成成分は、形態学的分類をはじめ基原植物の生育環境など、種々の要因で変化しうるものであるため、“効果”という観点での品質管理が重要であると考えられる。対象動物の状態により精油の作用の方向が変化しうるという結果からは、精油の利用や効果の検証時に、利用者・被験者の状態を明確に分類・統制した上で実施すべきであることが理解される。している。

こうした点は、LvEO以外の精油とその作用についても応用ができるものであり、近年注目されている補完代替医療(CAM)をはじめ、医療や介護の場における利用を考慮する際にも、重要な観点となるであろう。

おわりに

本稿では、ラベンダーが多様性に富んだ植物であり、精油の作用に影響を与えている事実を紹介してきた。また、ラベンダー精油に動物の不安やストレスを緩和する作用があることも確からしいとわかってきたわけだが、ラベンダーが人間の不安やストレスの緩和を目的に精油を作り、構成成分に変化をもたらしてきたとは考えにくい。

ラベンダーの持つ多様性がどのような仕組みで生じているのか、科学的知見を集積していくと、人類はラベンダーが生み出す生命力をさらに賢く利用できるようになるのかもしれない。

[参考文献]

  1. M. Lis-Balchin : Lavender : The Genus Lavandula
  2. 高橋瑞穂 : ラベンダー精油の基原と精油成分による抗不安作用の解析. 東邦大学大学院薬学研究科博士論文(2015) (研究指導:小池一男、佐藤忠章、増尾好則)
  3. M. Takahashi, et al.:Interspecies comparison of chemical composition and anxiolytic-like effects of lavender oils upon inhalation. Nat Prod Commun. 6(11): 1769-74, 2011
  4. M. Takahashi, et al. : Effects of lavender essential oil on stress-loaded animals : changes in anxiety-
    related behavior and expression levels of selected mRNAs and proteins. Nat Prod Commun. 7(11): 1539- 44, 2012
東邦大学薬学部 医療薬学教育センター 社会薬学研究室 講師
高橋瑞穂 たかはしみずほ
1998年 東邦大学薬学部薬学研究科修士課程修了。カナダ アルバータ州立大学薬学部留学・病院薬剤師勤務を経て2006年より現職。2015年 東邦大学薬学部薬学研究科博士課程修了。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第60号 2022年6月