2023.10.6

生薬ニンジンについて

立命館大学薬学部教授/立命館大学薬学部専門研究員

田中謙/西殿悠人

図1 Panax属植物の分布(出典:Royal Botanic Gardens, Kew. Plants of the World Online https://powo.science.kew.org/)

ウコギ科のPanax属植物は、北半球の冷涼な地域に分布しており(図1)、ロシア沿海州・中国東北地方・朝鮮半島を原産とするPanax ginseng(オタネニンジン)をはじめとして、我が国にも自生するP. japonicus(トチバニンジン)、北米東部原産のP. quinquefolius(アメリカニンジン)、中国南部原産のP. notoginseng(サンシチニンジン)、ベトナム原産のP. vietnamensis(ベトナムニンジン)などが著名な薬用植物として知られている。

Plants of the World Onlineには、上記の物を含めて現在14種のPanax属植物が登録されており、「万病に効く薬」という意味のPanaxという学名が示すとおり、Panax属植物のほとんどが各民族によって薬用植物として使用されている。

その中でも特に生薬ニンジン(GINSENG RADIX)は、東アジアを中心に古くから薬として用いられ、現在では世界的にも有名な伝統薬物の一つとなっている。我が国では生薬ニンジンは、現行の第18改正日本薬局方で、「ニンジンはオタネニンジンPanax ginseng C. A. Meyer (Panax schinseng Nees)(Araliaceae)の細根を除いた根又はこれを軽く湯通ししたものである。」と規定されているが、一方で、宋代の『証類本草』には、P. ginsengと思われる「潞州人参」の他、3種の明らかに原植物が異なると判断される人参の附図(図2)が描かれており、古代には様々な異物同名品が存在していたことが明らかである。

このように異物同名品が現れた経緯について、御影らは、「古代に朝鮮から生薬「人参」がその薬効とともに中国に伝来した際、P. ginsengが自生しない中国では当初、根の形状が類似したキキョウ科のサイヨウシャジン(Adenophora tetraphylla A. DC)を代用した可能性や古代の中国ではA. tetraphylla由来の「人参」、朝鮮ではP. ginseng由来の「人参」がそれぞれ別に存在していたが、次第に消化器症状に対する薬効を持つP. ginseng由来の人参が重用されるようになり、中国において生薬「人参」がA. tetraphyllaからP. ginsengに置き替わった可能性」などについて考察している。このように様々な異物同名品が存在していたことを考えると、古代からニンジンが最も珍重された薬物として扱われていたことが伺える。

図2 『証類本草』に示された「人参」の附図

我が国へのニンジンの渡来は、739年(天平11年)渤海文王の使者、巳珍蒙が進上品として持ち来ったものが最初とされ、柴田らの報告によれば、渡来品を貯蔵してあったと思われる正倉院に保存されている「人参」は、P. ginsengの根茎および根であることが確認されている。その後、朝鮮や中国から何度となくもたらされたが、我が国の需要をまかなうには極めて少量であった。そのため、国内での栽培が試みられたが、オタネニンジンの栽培は非常に難しく、当初の栽培試験は全て失敗に終わっていた。

しかしながら、1729年(享保14年)、江戸中期の八代将軍徳川吉宗の時代に、対馬の宗氏を介して輸入した人参の種子を日光の今市(現在栃木県今市市)にあった御薬園で発芽させることに成功し、1733年(享保18年)に結実を成功させた後は順調に人参栽培が進展した。さらに、幕府はオタネニンジンの栽培を奨励し、オタネニンジンの種子を諸藩に下賜したので、その栽培は各地に広がった。

日本での生薬ニンジン(図3)の基原植物であるオタネニンジンの名前は、幕府によって下賜された「御種」に由来する。オタネニンジンは、元来我が国に自生しないが、1646年(正保3年)明国より渡来した何欽吉が宮崎県都城市の山で植物の地上部の形態が非常に類似したP. japonicus(トチバニンジン)を発見して以来、トチバニンジンは日本各地に自生することが知られるようになった。現在、第18改正日本薬局方では、トチバニンジンPanax japonicus C. A. Meyer(Araliaceae)の根茎を、通例、湯通ししたものをチクセツニンジン(図4)として規定している。

図3 ニンジン
図4 チクセツニンジン

薬能・薬理

ニンジンは、古くから重要な薬物として用いられており、古典にはその薬能に関して以下の記述がある。

『神農本草経』:「人参は五臓を補い、精神を安んじ、魂魄を定め、驚悸を止め、邪気を除き、目を明らかにし、心を開き、智を益す」

『名医別録』:「腸胃中冷(腸や胃の中の冷えが原因で病気になること)、心腹鼓痛(腹部が張る痛み)、胸脇逆満(胸部にものが充満して上部に逆流すること)、霍乱吐逆を療し、中を調え、清渇(糖尿病といった頻尿や喉が渇いたりする状態)を止め、血脈を通じ、堅積を破り、人をして忘れざらしむ」

これらからニンジンの薬能は、気を補い、血を益し、陰を溢し、津液を生じ、虚症を治すものであるとされる。

一方、江戸時代の著名な医師である吉益東洞は、診断に虚実の考えを採用せず、虚証を補う物は、穀類・肉類・果物・野菜だけであるとして、ニンジンを補薬として用いていなかった。その著『薬徴』には「人参は、心下痞鞭、支結を主治し、心胸停飲、嘔吐、不食、唾沫、腹痛、煩悸を着治す」と記述しており、もっぱらチクセツニンジンを去痰、健胃薬として、胃部の熱感および水分停滞感、心下部のつかえなどに使用していた。

現在、ニンジンの含有成分が明らかになるに伴い、ニンジンエキスや含有成分について様々な薬理研究が行われ、以下のような薬効が報告されている。

  • 中枢神経系に対する作用 抗ストレス作用、中枢興奮作用、血圧降下作用、糖質代謝調整作用、学習・運動能力改善作用、記憶障害改善作用、中枢神経抑制作用、抗疲労作用
  • 循環器系に対する作用 血圧降下作用、血管拡張作用、動脈硬化抑制作用、血流速度増加作用、血小板凝集抑制作用
  • 消化器系に対する作用 ストレス潰瘍の抑制作用、胃潰瘍抑制作用
  • 内分泌系に対する作用 内因性ホルモン分泌作用、血糖降下作用、糖利用促進作用
  • 抗腫瘍作用 マイトマイシンCの抗腫瘍効果増強作用
  • その他 腹腔内マクロファージ活性化作用、慢性炎症の随伴症状(過凝固状態・血管壁結合組織増殖・骨からの
  • カルシウム流出・血管壁のカルシウム蓄積)の抑制作用

ニンジンには代表的な薬効成分としてジンセノシドと総称される多くのサポニンが含有されている。ジンセノシドはその化学構造からプロトパナキサジオール類とプロトパナキサトリオール類に分類される。高木らの研究によれば、プロトパナキサジオール類のジンセノシドには、中枢神経抑制作用、特に精神作用が認められ、一方、プロトパナキサトリオール類のジンセノシドには、中枢神経系に対して興奮作用を示し、Y字迷路の弁別学習、逆転学習の促進、振蘯疲労試験による抗疲労効果が認められている。同一の生薬に相反する作用を持つ化合物が含有されていることが、ニンジンを「万能薬」たらしめていると理解すると非常に興味深い。

成分とニンジンの生長に伴う組成変化

ニンジンからは、ジンセノシドと呼ばれるトリテルペン系サポニンの一群をはじめ、さまざまなポリアセチレンや多糖類など、生理活性が期待あるいは証明されている化合物が単離されている。現在までに200以上のジンセノシドがニンジンから単離され、多くの生物活性が報告されている。ジンセノシドは、アグリコン部位によりプロトパナキサジオール、プロトパナキサトリオール、オレアノール酸、オコチロール型に分類されるが、薬理学的研究により、生理活性は糖部位の構造、数、結合部位に依存することが示されている(図5、表1)。

サポゲニンと糖の種類は図5に示す。
(PPT:プロトパナキシントリオール、PPD:プロトパナキシジオール、OA:オレアノール酸)
図5 ニンジンに含有される成分の化学構造
(PPT, Protopanaxytriol; PPD, Protopanaxydiol; OA, Oleanolic Acid; Glc, Glucose; Rha, Rhamnose; Ara(p), Arabinopyranose; Ara(f), Arabinofuranose; Mal, Malonyl; PC, Phosphatidylcholine; LPC, Lysophosphatidylcholine; PA, Phosphatidyl acid; LPA, Lysophosphatidyl acid; PE, Phosphatidylethanolamine)

ニンジンには、ファルカリノールとパナキシドールと呼ばれるポリアセチレン化合物が含有されている(図5)。ファルカリノールには、in vitroで腫瘍細胞株に対する細胞毒性活性があり、in vivoでも抗腫瘍活性があることが複数の研究で報告されている。多糖類はニンジンに最も多く含まれる活性成分であり、免疫調節作用、抗酸化作用、抗ガン作用、抗炎症作用など、多くの生物学的活性を示すことが知られている。

ニンジン由来のオリゴ糖が、ラットにおけるスコポラミン誘発性の記憶障害を逆転させることやグルコース、二糖などの水溶性ニンジンオリゴ糖が、B細胞やT細胞の活性を強力に刺激することが報告されている。さらに、ニンジンには生理活性リン脂質(図5)が多量に含まれており、様々な作用に関係していることが明らかにされている。

このようなニンジンの生理活性成分組成は、生育年数、組織、栽培方法、収穫時期などによって影響を受ける。しかし、生理活性成分に影響を与える要因に関する研究は、主にジンセノシドの変動に焦点が当てられており、オリゴ糖、リン脂質含量の変化については研究されていなかった。そこでニンジンの薬能の全体像を理解するため、ジンセノシド、オリゴ糖、ポリアセチレン化合物、リン脂質含量について栽培期間による変化を系統的に解析した結果を紹介する。

栽培年数に伴うジンセノシド量の変化

図6 栽培期間によるジンセノシド含有量の変化
Re, ginsenoside Re;
Rg1, ginsenoside Rg1;
Ro, ginsenoside Ro;
Rc, ginsenoside Rc;
Rg2, ginsenoside Rg2;
Rd, ginsenoside Rd。
赤線は人参サポニンRg1、青線は人参サポニンRb1の日本薬局方収載基準を示す。

オタネニンジンは、通常、3~5年栽培され、栽培年数が延びるに従って、ジンセノシド類が蓄積されると考えられている。そこで、ジンセノシドRe、Rg1、Ro、Rb1、Rc、Rb2およびRdについて、栽培年数に伴うジンセノシド量の変化を分析した。その結果を図6に示す。ジンセノシドRe、Rg1、Rb1、Rc、Rb2およびRdは、かなりのばらつきはあるものの、栽培年数とともにわずかに増加する傾向があった。オレアノール型ジンセノシドRoは、プロトパナキサジオール型ジンセノシドRb1、Rc、Rb2、Rdやプロトパナキサトリオール型ジンセノシドRe、Rg1よりも速い速度で増加し、栽培年数と非常に高い相関を示した。

この研究では、根茎と根を合わせて地下画分として分析した。ジンセノシドRoは根茎に多く含まれるが、他のプロトパナキサジオール類やプロトパナキサトリオール類のダンマラン型ジンセノシドは根に多く分布する。根茎の成長速度は主根の成長速度よりも速く、根茎の長さは栽培年数と相関することから、栽培年数とともにジンセノシドRo含量の増加が速いのは、試料中の根茎画分が多いことを反映していると考えられる。

ジンセノシドRoは消化性潰瘍抑制作用を有することが知られており、根茎を薬用部位とするチクセツニンジンには多く含有されている。吉益東洞が、もっぱらチクセツニンジンを去痰、健胃、健胃薬として、胃部の熱感および水分停滞感、心下部のつかえなどに使用していたことは、成分化学的側面からは合理的な考えであったのかもしれない。

栽培年数に伴うポリアセチレン化合物の含有量の変化

ファルカリノールの含有量は栽培年数とともに減少したが、パナキシドールの含有量は、ファルカリノールに比べて化学的に不安定であるにもかかわらず、比較的一定であった(図7)。

図7 栽培期間によるポリアセチレン化合物含有量の変化

ファルカリノールは抗腫瘍活性を有するが、神経毒性などの副作用も報告されている。一方、パナキシドールは最近、抗疲労特性を有し、がん細胞のアポトーシスを誘導することが報告されている。したがって、栽培年数の増加に伴うファルカリノール:パナキシドール比の変化は、さまざまな疾患に対するニンジン抽出物の薬理学的有用性を大きく変化させると考えられる。

栽培年数に伴う糖類の含有量の変化

単糖、スクロース、マルトトリオースの含量の変化を図8に示す。すべての一次および二次代謝産物の中で、スクロースの含有量が最も多く、乾燥植物重量の30%を占めた。総単糖およびスクロース含量は栽培年数とともに増加したが、三糖(マルトトリオース)含量は減少した。オタネニンジンの地下組織のスクロース含量は季節的に変動し、冬にピークを迎えることが報告されており、本研究で使用した標本は12月に採取されたものである。スクロースの含量に対する単糖類と三糖類の含量は極めて低いことから、ニンジンの補脾作用の効能は、栽培年数とともに緩やかに増加するスクロース含量に由来するとも考えられる。前述のとおり吉益東洞は、萬病一毒論に基づき、薬は「病気を引き起こす毒」を「攻める毒」であるとして「補薬で補う」という考えを採用していなかった。さらに、虚証を補う物(補薬)は、穀類・肉類・果物・野菜などの食品だけであるとしたが、糖類の含有量の多さを考えると、ニンジンは「吉益東洞の補薬の定義」にも合致するものであると理解することができる。

図8 栽培期間による糖類の含有量の変化

栽培年数に伴うリン脂質の含有量の変化

最近、ニンジンに含まれる生理活性糖脂質タンパク質(ジントニン)が同定され、リノレオイル-リゾフォスファチジン酸(LPA)やパルミトイル-LPAなどのジントニン成分が、ニンジンの薬理作用の多くに関与するシグナル伝達経路である細胞内Ca2+の増加を誘導することが明らかになっている。そこで、LPAだけでなく、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)など、既知の大部分のクラスのリン脂質を、栽培期間の異なるニンジンサンプルで分析した。その結果を図9に示す。

図9 栽培期間によるリン脂質類の含有量の変化
DL-PC, dilinoleoyl-glycero-phosphocholine; PL-PC, palmitoyl-linoleoyl-glycero-phosphocholine; L-LPC, linoleoyl-glycero-lysophosphocholine; P-LPC, palmitoyl-glycero-lysophosphocholine; DL-PA, dilinoleoyl-glycero-phosphatidic acid; PL-PA, palmitoyl-linoleoyl-glycero-phosphatidic acid; DL-PE, dilinoleoyl-glycero-phosphatidylethanolamine; PL-PE, palmitoyl-linoleoyl-glycero-phosphatidylethanolamine。

PA含量は栽培年数とともに減少し、1,2-dilinoleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DL-PC)や1-palmitoyl-2-linoleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(PL-PC)などのPC含量は増加した。生薬ニンジンには大豆やキャベツよりも多くのLPAとPAが含まれていることが報告されている。さらに、DL-PCは栽培年数とともに増加し、アルツハイマー型認知症を改善することが報告されている。これらの知見は、特定の症状に対するニンジン抽出物の重要性をさらに裏付けるものであると考えられる。

おわりに

ニンジンは、古くから重要な薬物として用いられており、数多くの現代的な成分研究や薬理研究が行われている。本稿では、歴史的な背景を踏まえて、ニンジンの薬能を理解するための成分研究について紹介した。ニンジンは、多様な薬効もつ成分を数多く含有し、その全体像を理解するためには、さらなる研究が必要であるが、ニンジンやそのエキスを我々の日常生活の中で有効に活用することで、薬物として疾病の治療のみならず、健康の維持や健康生活の質の向上につながることが期待される。

[参考文献]
・ 難波恒雄 著「和漢薬百科図鑑 I」保育社 平成5年
・ 促斯然, 坂本郁穂, 御影雅幸.「漢方生薬「人参」の原植物に関する史的考察」, 薬史学雑誌 47, 127-133(2012).
・ 小松かつ子 編集 証類本草データベース
 https://ethmed.toyama-wakan.net/Honzou/
・ Royal Botanic Gardens, Kew. Plants of the World Online
 https://powo.science.kew.org/
・ 柴田承二. 「正倉院の薬物調査」 ファルマシア 34, 156-
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・ 柴田承二. 「漢薬成分の研究」 日本東洋醫學會誌 25,
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・ Nishidono, Y., Yahata, H., Niwa, K., Kitajima, A., Tezuka, Y., Watanabe, S. and Tanaka, K. Fluctuations in the chemical constituents of Panax ginseng subterranean tissues with cultivation duration. Traditional & Kampo Medicine, 9, 41-48(2022).

立命館大学薬学部教授/立命館大学薬学部専門研究員
田中謙/西殿悠人 たなかけん/にしどのゆうと
たなか・けん 1983年富山医科薬科大学薬学部卒業。1985年富山医科薬科大学大学院博士前期課程終了。1996年博士(薬学)。富山大学和漢医薬学総合研究所准教授を経て、2014年より現職。

にしどの・ゆうと 2019年立命館大学薬学部薬学科卒業。2023年立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻博士課程修了 博士(薬学)。日本学術振興会特別研究員を経て、2023年より現職。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第65号 2023年9月