2021.6.10

クスノキオイルの蚊に対する忌避作用

佐賀大学農学部 システム生態学分野 准教授

徳田誠

はじめに 

陸上植物は、生物体量(バイオマス)の観点から見れば、もっとも繁栄している生物であり、近年の試算では、海域も含めた地球上のすべての生物体量の約8割を占めているとされる(1) Bar-On YM, Phillips R, Milo R (2018) The biomass distribution on Earth. Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 115: 6506–6511.。陸上植物がこれほど繁栄している理由はいくつか指摘されているが、その中の1つに、植物は様々な環境ストレスや他の生物からの食害に対してうまく身を守っている、ということが挙げられる。

例えば、バラやサボテンなどに見られるトゲは自身の身を守るための典型的な特徴であり、キュウリやトマトなどの茎や葉に生えているトライコームと呼ばれる繊毛も、昆虫などの食害から身を守るための構造である(2) Shirahama S, Yamawo A, Tokuda M (2017)Dimorphism in the production of leaf trichomes in Persicaria lapathifolia (Polygonaceae) and their multiple defensive effects against herbivorous insects. Arthropod-Plant Interactions 11: 683–690.

このような構造上の特徴に加えて、植物は二次代謝産物と言われる化学物質を有していることも知られている。二次代謝産物とは、その生物の生存に必須ではない有機化合物のことであり、例えば、苦味成分として知られるタンニンやタバコに含まれるニコチン、抗酸化作用を持つポリフェノール、様々なハーブに含まれている独特の味や香りの成分も、多くは植物の生存にとって必須ではない物質であり、二次代謝産物と言える。これらの物質は、植物が環境ストレスを克服するために役立っていたり、昆虫などから食べられにくくすることに役立っていたりする。

また、植物は、昆虫などをボディーガードとして利用することも知られている。例えば、ソメイヨシノやアカメガシワなど、様々な植物で、葉に花外蜜腺と呼ばれる分泌腺が見られる(通常、蜜腺は花に作られるが、このように花以外の場所に形成される蜜腺のことを「花外蜜腺」と呼ぶ)。アリに報酬として蜜を提供する代わりにボディーガードをしてもらい、葉を食べる昆虫などから身を守ってもらっている(3) Yamawo A, Tokuda M, Katayama N, Yahara T, Tagawa J (2015) Ant-attendance in the extrafloral nectar-bearing plant, Mallotus japonicus, favours growth by lowering the expression of high-cost, direct defence. Evolutionary Biology 42: 191–198.。また、植物の中には、イモムシなど、特定の昆虫から加害されると独特のにおいを出すものも知られている。そして、イモムシの天敵である寄生蜂は、そのにおいを手がかりにして、イモムシを見つけ出す。植物にとっては天敵を呼び寄せることにより害虫を退治してもらい、天敵にとっては、餌のありかを植物から教えてもらっていることになる。

このような植物の様々な防御手段のうち、本稿ではクスノキの二次代謝産物を用いた蚊に対する忌避効果について紹介したい。

クスノキ精油 

クスノキ科の植物は一般に、葉や幹に精油(エッセンシャルオイル)を含んでおり、葉を揉むと特有の芳香が漂う。中でもクスノキ Cinnamomum camphora (L.) J. Presl. の精油の主成分である樟脳は、東アジアでは古くから医薬品や防腐剤・防虫剤として利用されてきた(4)服部 昭(2002)江戸時代における樟脳の利用(4)防虫,防湿と防臭.薬史学雑誌 37: 128–134.

防虫剤としての樟脳には、かつて2つの用途があり、1つは衣類の害虫に対する防虫剤として箪笥などに入れて使用する方法、もう1つは南京虫などの寄生虫に対する対策として寝床で利用する方法であった(5)服部 昭(2002)江戸時代における樟脳の利用(4)防虫,防湿と防臭.薬史学雑誌 37: 128–134.。しかしながら、化学合成剤の普及や生活衛生環境の改善によって、現在ではこうした用途での需要はほぼなくなった。

衛生害虫としてのカ(蚊)類

昨年から今年にかけての新型コロナウイルスの世界的蔓延により、私たちの生活は激変した。ウイルス病の中には、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスのように、飛沫などを通して感染するものもあるが、昆虫などを媒介者として感染するものも知られている。特に、カ(蚊)の仲間は様々な病気を媒介する。例えば、欧米やアフリカ、中東などで問題となっているウエストナイル熱は、イエカ属やヤブカ属により媒介される。また、アフリカや中南米で問題となっている黄熱病や、熱帯から亜熱帯にかけて広く問題となっているデング熱は、ネッタイシマカなどが媒介し、アジアで知られている日本脳炎はコガタアカイエカなどが媒介する。そして、ウイルスではなく原虫による病気であるが、熱帯や亜熱帯で毎年数億人が罹病し、百万人以上が死亡するとされるマラリアも、ハマダラカ属により媒介される(6)皆川 昇,二見恭子(2007)マラリアと蚊.日本ICIPE協会(編),アフリカ昆虫学への招待,京都大学学術出版会,京都,pp.147–162.(7)田付貞洋,河野義明(編)(2009)最新応用昆虫学.朝倉書店,東京.

こうした昆虫が媒介する感染症の予防は、世界的に極めて重要な課題である。筆者らは、古くから防虫剤として使用されてきたクスノキ精油に着目し、カに対する忌避効果を検証した(8)塩見宜久・大橋英純・徳田 誠(2015)クスノキ精油のカ類に対する忌避効果.佐賀大学農学部彙報100: 27–31.[原文PDF]

クスノキ精油の蚊に対する忌避効果

カの仲間は、二酸化炭素に誘引される。そこで、誘引源としてドライアイスを使用し、その近くにクスノキ精油を染み込ませたろ紙を設置した区と、蒸留水を染み込ませたろ紙を設置した対照区の間で、ドライアイスに集まってくるカの数を比較した。調査は2012年9月と2013年8月に実施した。集まってきたカは、CDC型トラップや円形型捕虫機を用いて捕集した。これらの装置は、簡単に言えば、口を上向きにして吊るした捕虫網の入り口に扇風機の羽が付いており、付近に飛来した蚊が生きたまま捕虫網の中に吸い込まれるような仕組みになっている。円形型捕虫機の入り口には蛍光灯も付いており、光に誘引された昆虫も吸い込まれる。

野外試験では、ヤブカ属(ヒトスジシマカなど)とイエカ属(アカイエカなど)が確認された。試験はカの活動が活発な夕方から深夜にかけて実施した。2012年の試験は、トラップあたり毎日500µlのクスノキ精油を使用して、9日間実施した。その結果、対照区では554個体(ヤブカ属61個体,イエカ属493個体)が捕獲されたのに対し、クスノキ精油処理区では75個体[対照区比13.5%](ヤブカ属12個体[19.6%]、イエカ属63個体[12.7%])しか捕獲されなかった(図1)(9)同上

2013年には、クスノキ精油の量を200µlに減らして同様の実験を行った。その結果、対照区では131個体(ヤブカ属109個体、イエカ属22個体)が捕獲されたのに対し、クスノキ精油を用いた処理区では22個体[対照区比16.8%](ヤブカ属19個体[17.4%],イエカ属3個体[13.6%])しか捕獲されなかった(10)同上。以上の結果から、クスノキ精油にはカに対する忌避効果があると考えられた。

図1 ドライアイスを誘引源としたCDC型トラップによるカ類(の捕獲個体数)
(佐賀大学農学部構内において2012年9月に9日間実施;値はイエカ属とヤブカ属の合計個体数;CDC型トラップまたは円形捕虫機のそばに蒸留水またはクスノキ精油を添加したろ紙を設置し、トラップに捕集されるカの個体数を比較した;詳細は塩見ら(2015)を参照)

おわりに

クスノキ精油で確認されたカに対する忌避効果は、カ類が媒介する感染症対策に有望であると考えられる。ただし、一般に精油は揮発性が高く、効果の持続時間が短い可能性があるため、長時間・高効率の忌避効果が得られるような検討を行う必要がある。

今回はクスノキ精油の効果について紹介したが、例えばインドでは、カの防除対策として様々な植物から抽出した精油の効能が試験され、クスノキ科以外でも効果が高いものが確認されている(11)Prajapati V, Tripathi AK, Aggarwal KK, Khanuja SPS (2005) Insecticidal, repellent and oviposition-deterrent activity of selected essential oils against Anopheles stephensi, Aedes aegypti and Culex quinquefasciatus. Bioresource Technolgy 96: 1749–1757.。感染症予防や衛生害虫対策として、植物由来の二次代謝産物は様々な場面で活用できる可能性を秘めている。

1 Bar-On YM, Phillips R, Milo R (2018) The biomass distribution on Earth. Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 115: 6506–6511.
2 Shirahama S, Yamawo A, Tokuda M (2017)Dimorphism in the production of leaf trichomes in Persicaria lapathifolia (Polygonaceae) and their multiple defensive effects against herbivorous insects. Arthropod-Plant Interactions 11: 683–690.
3 Yamawo A, Tokuda M, Katayama N, Yahara T, Tagawa J (2015) Ant-attendance in the extrafloral nectar-bearing plant, Mallotus japonicus, favours growth by lowering the expression of high-cost, direct defence. Evolutionary Biology 42: 191–198.
4, 5 服部 昭(2002)江戸時代における樟脳の利用(4)防虫,防湿と防臭.薬史学雑誌 37: 128–134.
6 皆川 昇,二見恭子(2007)マラリアと蚊.日本ICIPE協会(編),アフリカ昆虫学への招待,京都大学学術出版会,京都,pp.147–162.
7 田付貞洋,河野義明(編)(2009)最新応用昆虫学.朝倉書店,東京.
8 塩見宜久・大橋英純・徳田 誠(2015)クスノキ精油のカ類に対する忌避効果.佐賀大学農学部彙報100: 27–31.[原文PDF]
9, 10 同上
11 Prajapati V, Tripathi AK, Aggarwal KK, Khanuja SPS (2005) Insecticidal, repellent and oviposition-deterrent activity of selected essential oils against Anopheles stephensi, Aedes aegypti and Culex quinquefasciatus. Bioresource Technolgy 96: 1749–1757.
佐賀大学農学部 システム生態学分野 准教授
徳田誠 とくだまこと
2003年九州大学大学院生物資源環境科学府博士課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、理化学研究所基礎科学特別研究員、九州大学高等教育開発推進センター助教などを経て、2011年より現職。専門は生態学、とくに植物と昆虫との相互作用。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第56号 2021年6月