ハーブとエッセンシャルオイルのケミストリー セスキテルペンの構造と作用
「香り」は、古代より祈りや鎮魂の象徴とされてきました。古代エジプトでは、乳香や没薬が神殿で焚かれ、祈りを天に捧げる儀式が行われていました。紀元前1500年頃に成立したとされる『エーベルス・パピルス』には、宗教儀礼における香料利用の記録が残されています。このような役割を担ってきた香料植物の多くは、アロマテラピーにおいて「祈りに関連する精油(祈り系精油)」と呼ばれる精油と、化学的・感覚的に共通する基盤をもっています。祈り系精油には、心を落ち着かせたり、精神状態を高揚させたりする作用をもつものが多く含まれます。古くから宗教儀式や瞑想に用いられてきた香りは、私たちの心身に深く働きかける存在であると考えられています。祈り系精油は、主としてセスキテルペン類を多く含み、香りの立ち上がりが穏やかで、時間の経過と共に空間へ静かに広がるという特徴をもつ精油群を指します。フランキンセンス、ミルラ、サンダルウッドなどがその代表例です。一方、日本の文化や宗教的儀礼において香りは、自己を主張するための装飾ではなく、場を整え、心を鎮めるための媒介として用いられてきました。
テルペノイドは天然に数万種存在するといわれていますが、その中でも香気成分や生物活性成分として特に重要なのが、炭素数10個からなるモノテルペン(本誌第74号、42〜45、2025)と、炭素数15個からなるセスキテルペンです。一般に、モノテルペンは構造が比較的シンプルで、揮発性が高く、香りとして知覚されやすい性状がありますが、セスキテルペンは構造多様性が高く、揮発性は低いが、生物活性や文化・宗教的利用と結びついた分子が多い特徴があります。
日常生活に深くかかわっているセスキテルペン(sesquiterpene)ですが、「セスキ」という専門用語には、あまりなじみがないかもしれません。「セスキ(sesqui-)」とはラテン語に由来する接頭辞で、「1.5」を意味します。この「セスキ」は、アルカリ洗浄剤として知られるセスキ炭酸ソーダ(セスキ炭酸ナトリウム)の名称にも用いられています。同じ語源をもっていますが、その本来の意味を理解している人は意外に少ないのではないでしょうか。セスキ炭酸ソーダは、炭酸水素ナトリウム(重曹)($NaHCO_3$)と炭酸ナトリウム($Na_2CO_3$)からなる複塩で、組成比としては両者の中間の$Na_{1.5}H_{0.5}CO_3$であり、すなわち「1.5」に相当する性質をもっています。このことから、「セスキ」という接頭辞が用いられています。
今回は、わずか3個のイソプレン単位から生合成されて、多彩な構造を有するセスキテルペンの世界を一緒にのぞいてみましょう。
1)セスキテルペンの生合成
テルペノイドの生合成の概要については、本誌(第73号、44〜47、2025)を参照してください。セスキテルペンは、ゲラニル二リン酸(geranyl diphosphate, GPP)とイソペンテニル二リン酸(isopentenyl diphosphate, IPP)が縮合してできるファルネシル二リン酸(farnesyl diphosphate, FPP)を生合成前駆体とするイソプレン単位3個、炭素数15の化合物群です。
1.1 鎖状セスキテルペン
メバロン酸経路によって合成されるファルネシル二リン酸を前駆体として、鎖状セスキテルペンアルコールであるファルネソール及びネロリドールがそれぞれ生合成されます(図1)。
1)ファルネソール
- [含まれている精油] ジャスミン、ネロリ、イランイラン、ローズなど
- [香りの特徴] 落ち着いた温かみのあるフローラル調
- [効能効果] 抗炎症作用、自律神経調節作用など。スズランの香りをもつ高級香料の原料
2)ネロリドール
- [含まれている精油] ネロリ、ティートリー、レモングラスなど
- [香りの特徴] 静かに残る香り、ウッディ、樹脂感のあるややフローラル調
- [効能効果] 抗炎症作用、鎮静・抗不安作用など



1.2 環状セスキテルペン
FPPはGPPと比較して、鎖長と二重結合の数が増加しているため、多様な閉環様式をとることができ、環の数や結合様式、立体配置のバリエーションが飛躍的に増えます。その結果、単環性、二環性、三環性構造などの多様な骨格が生合成されます(図2)。FPPのリン酸基に隣接する二重結合は、異性化によってE配置、Z配置をとることができます。この異性化により、炭素鎖の折りたたみ方や、二重結合の閉環反応によって多様性を生じます。E,E-ファルネシルカチオンを前駆体として閉環して生合成されるものには、オイデスマン、エレモフィラン、ゲルマクラン、エレマン、グアイアン、フムレン、イルダン、カリオフィレンなどの環骨格があります。一方、E,Z-ファルネシルカチオンからは、カジナン、ビサボランなどの環骨格が生合成されます。

1)β-カリオフィレン
- [含まれている精油] パチュリ、イランイラン、クラリセージ、クローブ、セージ、シナモン、タイム、メリッサ、マジョラム、ラベンダー、他ほとんどの精油
- [香りの特徴] 静かに残る香り、ウッディ、樹脂感のある温かみやフローラル調
- [効能効果] β-カリオフィレンは、さまざまな植物の精油に含まれる二環性セスキテルペンであり、抗炎症作用、抗菌作用、抗酸化作用、抗がん作用、さらには局所麻酔作用など、多様な生物活性をもつことが報告されています。近年では、カンナビノイドタイプ2(Cannabinoid type 2:CB2)受容体に対するアゴニスト作用が明らかとなり、注目を集めています。CB2受容体は、神経障害性疼痛やアルツハイマー病などの神経変性疾患の疾患モデルにおいて、治療標的となる可能性が示されており、β-カリオフィレンの薬理学的意義が改めて注目されています。


2)パチョリアルコール
- [含まれている精油] パチョリ(パチュリ)
- [香りの特徴] 乾いた土、熟成した木材を思わせる香り、ウッディ、ほのかな甘さを帯びた樹脂様
- [効能効果] パチョリ(Pogostemon cablin (Blanco) Benth.、シソ科)は、古くからお香や香水の原料として用いられてきた芳香植物です。全草を乾燥させたものは生薬として霍香(カッコウ)と呼ばれ、芳香性健胃薬や解熱薬として、頭痛、嘔吐、下痢などの症状に用いられてきました。パチョリ精油に含まれる主成分の1つであるパチョリアルコールは、三環性セスキテルペンに分類され、抗炎症作用、抗ウイルス作用、抗うつ作用など、さまざまな生物活性をもつことが知られています。


3)δ-カジネン
- [含まれている精油] スギ、ヒノキ
- [香りの特徴] 重く落ち着いたウッディ調
- [効能効果] δ-カジネンはカジナン系の二環性セスキテルペンで、ヒト卵巣がん(OVCAR-3)細胞に対して抗増殖及び促進アポトーシス効果を示します。またδ-カジネンは抗炎症、抗菌、抗真菌、抗腫瘍作用についての報告があります。δ-カジネンの異性体であるα-カジネンはジンに香りをつけるのに用いられるセイヨウネズ(ヒノキ科)の成分の1つです。


4)カマズレン
- [含まれている精油] 主にカモマイルジャーマン、カモマイルローマン(微量)、ヤロウ
- [香りの特徴] 香りはほとんどありません
- [効能効果] カマズレン(chamazulene)には、抗炎症作用や抗アレルギー作用のほか、粘膜保護・修復作用があり肌荒れ、女性特有のトラブルを緩和します。カマズレンは植物中には存在せず、カモマイルに含まれるマトリシンが水蒸気蒸留によって生成される成分です。カマズレンは、炭素原子と水素原子のみからなる多環芳香族炭化水素の1つです。不飽和の7員環と5員環が縮環したアズレン(azulene)構造をもちます。これはベンゼン環が2つ縮環(6員環・6員環)した防虫剤としておなじみのナフタレン(naphthalene)の構造異性体にあたります。そしてアズレンは、それぞれの環が芳香族化することにより安定化し、分子内電荷移動が生じ、長波長の吸収が起こり、異性体のナフタレンが無色であるのに対し、アズレンは美しい青色を呈しています。アズレンという名前もラテン語の青を意味する「azul」に由来します。語尾の「-ene」は化合物の命名規則によるもので、炭素の二重結合を含む場合につけられ、縮合炭化水素の基礎部分は全て語尾に「-ene」がつけられています。そのため「azul(アズール)」の語尾に「-ene」をつけて、アズレン「azulene」と命名されました。



2)まとめ
セスキテルペンは、モノテルペンに比べて炭素数が5個多いにすぎませんが、その分、構造の多様性は格段に広がり、生合成経路の中には理解が容易ではないものも少なくありません。しかし、パズルを一つひとつ紐解くように眺めていくと、それらは実に美しいルートをたどって合成されていることが分かります。さらに、炭素数が5個増えたことで揮発性は低くなり、香り立ちは穏やかで、香りは空間に長く留まります。その結果、心身を鎮める作用が現れやすいと考えられています。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第75号 2026年3月






