ハーブとエッセンシャルオイルのケミストリー 光合成から生合成へ

今回からハーブと植物精油に含まれる化学成分のケミストリーについて解説いたします。堅苦しく感じるかたも多いと思いますが、ケミストリーには、化学がもたらす結果に習い人間関係にも使われることは多く、たとえばグッドケミストリー(相性がよい)のように使われることがあります。
本誌の読者のなかには、フランス映画『パリの調香師 しあわせの香りを探して』をご覧になったかたも多いと思います。ネタばれになるので、詳細は割愛しますが、この映画のなかで調香師が子どもたちに、2種類の精油を使って調香について説明するシーンがあります。シナモン精油とレモン精油、それぞれ単独では、皆さんの誰でもが知っている香りですが、映画では子供たちがそれぞれの精油をつけた試香紙を、目の前でグルグルするとコーラの香り、っと声をだします。子どもたちがとてもチャーミングで、調香師さんの楽しさとうれしさが伝わってきます。この場面がシナモン精油とレモン精油のグッドケミストリーのように思います。シナモン精油の主成分はシンナムアルデヒドで、レモン精油の主成分はd-リモネンです。いずれもよく知られた機能性成分で、特有な香りがあります。しかし、ハーブや精油の働きを知って、適正に使用するためには、化合物名をカタカナ文字で覚えて勉強しても発展性はありません。その化学成分が含まれる原植物、どのように作られ、どのような化学構造をしているのかを詳細に学ぶことで香りや機能性成分とのグッドケミストリーが醸成されることになります。
ここでシンナムアルデヒドとリモネンの性状を比較してみましょう。両者は全くことなる系統の化合物であることがわかります。本稿では、はじめに光合成と生合成の概略について解説します。

1.生合成とは
シンナムアルデヒドやリモネンが作られる現象を見てみましょう。少し専門的な話に移りますが、植物、動物、微生物などの生物体内で生物分子や有機化合物が生成される過程を生合成といいます。具体的には、特定の生合成経路や酵素が関与し、基本的な原料より複雑な分子や物質が合成される化学反応です。生合成は生物が自身の生体構造の形成、代謝、成長、再生、防御などに必要な有機化合物や分子を合成するために行われます。
生合成は生物界に普遍的に存在している糖、タンパク質、脂質、核酸などを生成する代謝を一次代謝といい、この過程で合成される化合物群を一次代謝産物と呼びます。一方、特定の生物にのみ含まれ、生物共通の生命現象に直接関与しない代謝を二次代謝といい、この過程で合成される化合物群を二次代謝産物と呼びます。したがって、シンナムアルデヒドやリモネンは二次代謝産物ということができます。
2.光合成

生合成の出発点である光合成について、少し考えてみましょう。ハーブや精油に関する多くの一般書やホームページを見ても、まず光合成についての記載は見られません。実は光合成を簡単に解説するのは、難しいからです。光合成は、植物や藻類、光合成細菌など、光合成色素をもつ生物が、光エネルギーを利用して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)を材料に主にグルコース(C6H12O6)と酸素(O2)を生成する代謝系です。そして光合成は2つの反応から構成されており、太陽の光エネルギーを吸収して化学変化が起こる「明反応」と、その産生物をもらって二酸化炭素から糖質を合成する「暗反応」に大別されます(図1)。光合成はこの2つの反応系が連動してはたらくことで行われます。植物の光合成の最初の段階である明反応は、葉緑体で行われます。クロロフィルと呼ばれる光受容分子が光のエネルギーを利用して、次の暗反応の二酸化炭素の還元に必要なアデノシン三リン酸(ATP)とニコチン酸アデニンジヌクレオチド(NADPH)を生産するとともに酸素を発生させます。したがって、光合成で発生する酸素は水に由来しています。次の段階の暗反応は、明反応で生産されたATPとNADPHを用いて、二酸化炭素を還元して種々の糖類を合成する炭素固定反応です。この暗反応では光合成の目的物質であるグルコースが生成されます。

高等植物の場合、太陽光を利用した光合成も一次代謝で、そこで合成されたグルコースは、解糖系→クエン酸回路→電子伝達系で代謝され、ATP生成に利用されると同時に、アセチルCoAやアミノ酸などを二次代謝経路の原料として供給しています。
①解糖系
解糖系はほとんどの生物に共通に存在する糖の代謝経路で、反応は細胞質で行われます。この経路の目的は、グルコースを分解してピルビン酸に変換することです。細胞質に取り込まれたグルコースの代謝は、11あるいは12段階の反応を経てピルビン酸または乳酸に変換し、同時にATPを生成します。このグルコースがピルビン酸まで変換される経路は、発見者に因みエムデン・マイヤーホフ経路とも呼ばれています。ここでのピルビン酸は、アセチルCoAへ変化し、各種生体反応に利用されます。
②TCA回路
TCA(tricarboxylic acid cycle)回路は、クエン酸回路またはクレブス回路とも呼ばれます。解糖系で生じたピルビン酸は、細胞質からミトコンドリアに輸送されて、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体による脱炭酸によってアセチルCoAとNADHへ変換されます。アセチルCoAは、ピルビン酸からTCA回路に入る中間体です。アセチルCoAがTCA回路に取り込まれると、ミトコンドリア内で、オキサロ酢酸とクエン酸が生成します。これがTCA回路の最初の反応です。クエン酸から8段階でオキサロ酢酸へと再生し回路が完結します。反応経路の中間体であるα-ケト酸のオキサロ酢酸、α-ケトグルタル酸はアミノ基転移を受けてアラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸の各アミノ酸に容易に変換されます。
③ペントースリン酸回路
グルコースの代謝経路としては、上述のATP獲得を目的とした解糖系とは別に、ペントースリン酸回路も知られています。ペントースリン酸回路は、解糖系で作られたグルコースがリン酸化されたグルコース6-リン酸から出発して、脱炭酸によりペントース(五単糖)を生じ、グリセルアルデヒド 3-リン酸を経由して解糖系へ戻される迂回経路です。反応は細胞質で進みATPの産生には関与しません。ペントースリン酸回路は酸化的過程と非酸化的過程に区別され、酸化的過程ではグルコース6-リン酸から酸化還元反応で脱炭酸され五単糖のリブロース 5-リン酸を生じ、同時にNADP+がNADPHに還元される不可逆的過程です。一方、非酸化的過程では、リブロース 5-リン酸がリボース 5-リン酸とキシロース 5-リン酸を経由してグリセルアルデヒド 3-リン酸とフルクトース 6-リン酸に変換されます。この回路では中間体としてつくられるエリスロース 4-リン酸などは、芳香族アミノ酸生成に関わるシキミ酸経路の出発原料です。
3.生合成
ハーブや精油に含まれる化学成分は多種多様です。それらの化学成分を系統立てて理解するためには、その化学構造により分類し、それらの特性を把握することが最も近道です。化学構造による分類は、すなわち生合成経路により分類することといえます。化学構造は薬理作用などの機能と密接に関係するため、化学成分は概ね共通する効能・効果を有しています。化学成分の植物自身にとっての役割は未解明な部分が多いため、植物療法的な観点からも全てが明らかとなっているとはいえませんが、生合成の観点と化学構造の観点から植物成分を理解しようという考え方は大切です。
植物は前述したように、二酸化炭素と水をもとに光合成によってグルコースを生成し、解糖系を経て多様な植物化学成分を生合成します。生合成経路と二次代謝産物の分類を以下に示します(図2)。生合成経路の中で起点となる化合物の生成がその後の二次代謝産物の種類に影響しており、生合成経路の名前にもなっています。シキミ酸経路からは芳香族アミノ酸が生合成され、酵素的脱アミノ化などを経てフェニルプロパノイドが生合成されればリグナンやクマリン、フラボノイドが生合成されます。一方、芳香族アミノ酸が分子内に窒素原子を保持したまま酸化や脱炭酸などを経てアルカロイドが生合成されます(窒素原子が後からの導入により生合成されるタイプのアルカロイドもあります)。アルカロイドは脂肪族アミノ酸を経て生合成されるものも存在し、その場合、脂肪族アミノ酸はTCA回路を経て生成されます。テルペノイドの場合は少し複雑でメバロン酸経路に由来するものと、非メバロン酸経路に由来するものがあります。そのためこれらのメバロン酸経路と非メバロン酸経路による生合成経路を合わせてイソプレノイド経路と呼んでいます。

4.まとめ
今回は植物の光合成と生合成の概略について記述しました。次回は、ハーブと精油に特徴的な化学成分の生合成経路について解説いたします。
[参考文献]
・秋久俊博、小池一男編著:資源天然物化学 改訂版、共立出版、東京、2017.

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第71号 2025年3月





