2022.10.1

植物たちが秘める健康力 ダイエット効果をもたらす香り

甲南大学特別客員教授

田中修

「ダイエットしたい」という思いには 人それぞれにいろいろな目的があります。その一つは「健康でありたい」という願いです。その思いが「植物の香りを嗅ぐだけで叶えられる」という知見が得られています。

今回は、ダイエット効果をもたらすといわれる三つの香りを紹介します。これらをうまく生活に取り入れれば、汗をかく運動をしなくても、辛いカロリー制限をしなくても、ダイエットに成功するかもしれません。

「褐色脂肪細胞を活性化する香り」とは?

根拠となる研究報告はなかったのですが、「グレープフルーツの香りには、ダイエット効果がある」といわれてきました。しかし、十数年前、大阪大学の研究グループが「グレープフルーツの香りを嗅いだラットで、脂肪が分解されて体重を減らす」という研究成果を発表しました。

グレープフルーツには、リモネンやヌートカンなどの香りの成分が含まれています。これらの香りを嗅いだラットのグループでは、香りを嗅がなかったグループより、体重が減ったという結果でした。

その後、私たち人間に存在する「褐色脂肪細胞」を利用した肥満治療への研究が加速的に行われて、話題となりました。褐色脂肪細胞には、運動をしなくても、脂肪を燃やして熱を発生させる作用があります。そのため、この細胞を活発に働かせると、多くの脂肪が燃焼すると同時に、エネルギーが発生するので、空腹感が生まれてきません。その結果、ダイエット効果がもたらされるのです。

その研究では、褐色脂肪細胞を活発に働かせる物質が調べられました。カラシの辛み成分であるアリルイソチオシアネート、トウガラシの辛み成分であるカプサイシン、トウガラシの非辛み成分であるカプシエイト、ショウガのパラドール、コーヒーのカフェインなどに、その効果があることが明らかにされました。その中の一つに、グレープフルーツのリモネンの香りがあったのです。

これらの結果、「グレープフルーツの香りを嗅げば、ダイエットできる」というのは、現在、科学的な根拠が得られていることになります。

「食欲を忘れさせる香り」とは?

アメリカのホイーリングイエズス会大学では、ボランティアを募集し、5日間、2時間おきに、ペパーミントの香りを嗅いでもらうという実験が行われました。その結果、被験者たちは空腹を感じることが減り、実験期間中のカロリー摂取量は、ペパーミントの香りを嗅がなかった時と比べて、減少しました。

この結果、「ペパーミントの香りを一定間隔で嗅いでいると、空腹感を感じず、食欲を忘れるのではないか」といわれました。

一方では、ハーブの香りが人間の食欲の減退に影響することが知られています。たとえば、ローマ時代の兵士は、戦いの前に、ハーブの「タイム ロンギカリウス(Tymus longicaulis)」の香りを嗅いだといわれます。これは、戦意の高揚、食欲の減退、便意の抑制などの働きがある「戦闘ホルモン」といわれるアドレナリンの分泌を期待したものと思われます。

ペパーミントの“食欲を忘れさせる”という効果にも、アドレナリンの作用の可能性が考えられます。

「オレキシン」を減少させる香りとは?

十数年前、大阪大学とカネボウ化粧品の研究グループが、「キンモクセイの花の香りには、ダイエット効果がある」と発表しました。

この研究では、25日間、キンモクセイの香りを染み込ませた餌を食べたラットの体重が、香りを染み込ませない餌を食べたラットに比べて、約1割少なくなりました。また、香りを染み込ませた紙をラットのケージの下に30分間置くと、「オレキシン」という物質をつくる能力が低下し、食事や飲む水の量が減りました。

オレキシンというのは、ギリシャ語で食欲を意味する「オレキス」に由来して名づけられた、食欲を高める物質です。つまり、キンモクセイの香りを嗅ぐと、オレキシンの量が減り、食欲が低下して、体重の増加が抑えられるのです。

この香りの効果を確かめるために、嗅覚を消失させる硫酸亜鉛という液体をラットの鼻に入れ、実験が行われました。その結果、嗅覚がなくなったラットでは、キンモクセイの香りを嗅がせても、食欲の抑制はありませんでした。

キンモクセイの香りの効果は、私たち人間でも確認されています。20~40代の女性10人のうち、5人に、12日間、キンモクセイの香りを染み込ませたガーゼを胸ポケットに入れてもらいました。胸ポケットに入れる理由は、香りがすぐ上に位置する鼻から吸い込まれる可能性が高いからです。

これらの女性は、キンモクセイの香りを染み込ませたガーゼを胸ポケットに入れなかった女性5人に比べ、満腹感が生まれ、体重や体脂肪が減る傾向にあったと報告されています。具体的には、キンモクセイの香りを嗅いだ5人は、平均体重が1.4キログラム減りましたが、香りを嗅がなかった5人は、平均体重が0.2キログラムしか減少しませんでした。

このような効果をもたらすキンモクセイの花の香りの主な成分は、γ‐デカラクトンとリナロールといわれます。

甲南大学特別客員教授
田中修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第61号 2022年9月