2024.2.4

植物たちが秘める健康力 :日本人の長寿を支える植物

甲南大学特別客員教授

田中修

2023年7月、厚生労働省により、2022年の平均寿命が発表されました。それによると、男性は81.05歳、女性は87.09歳でした。前年より、男女とも少し下がりましたが、世界の平均寿命の順位では、日本がトップクラスであることに変わりはありません。日本人の長寿を支える背景として、主に次の三つが考えられます。

“ジャパニーズ・パラドックス”とは?

一つ目は、「日本の生活環境が、安心、安全、清潔であり、日本には、長寿を敬う心がある」ということです。日本では、治安がよくて安全で、清潔な住環境が守られています。

また、長寿を敬うお祝いに、60歳から10年ごとに、「還暦」、「古希」、「傘寿」、「卒寿」があり、ぞろ目の年にも、77歳から、「喜寿」、「米寿」、「白寿」があり、近年では、66歳の「緑寿」が加えられています。

二つ目は、「進歩した医療技術と、公的な保険制度が充実している」ということです。日本には、国際的に高い評価を受ける医療技術があり、それを享受できる国民皆保険制度があります。日本の国民であれば、すべての人が、高い医療技術を比較的安価な価格で平等に受けることができるのです。

三つ目は、「食料となる国内産の農産物の品質が優れている」ということです。たとえば、日本のおコメは外国の富裕層向けの高級品として輸出されます。また、ファーストフード店が、キャベツ、タマネギ、レタスなどで「国内産であること」を宣伝に用いることも、日本産の農作物の品質が高く評価されていることを反映しています。

このような三つの背景が理解されても、日本の長寿は、世界的に、「ジャパニーズ・パラドックス(日本の逆説)」と不思議がられることがあります。これは、第2回(https://www.medicalherb.or.jp/wp-admin/post.php?post=161381&action=edit)で紹介した、「脂肪を多く摂食するフランスで、心臓病での死亡率が極端に低い」のが「フレンチ・パラドックス」とよばれるのにちなみます。

日本では、長寿であるのに、野菜や果物の摂取量が少ないのです。

「ファイブ・ア・デイ運動」とは?

野菜や果物を多く摂取すると健康によいことは、よく知られています。最近では、2022年、国立がん研究センターと横浜市立大のチームが、「野菜や果物を多く食べる人は、そうでない人と比べ、20年以内に死亡するリスクが7~8%低い」との研究結果を発表しています。

現在、推奨されている成人一日一人当たりの野菜摂取量は、350グラム以上です。しかし、厚生労働省が行った令和元年の調査では、日本人の成人一日当たりの平均野菜摂取量は男性約290グラム、女性約270グラムでした。そこで、一日に350グラムを食べるために、「ファイブ・ア・デイ運動」が行われています。

これは、「一日に五皿の野菜を食べる」という意味です。小皿一皿の野菜料理で、約70グラムです。ですから、小皿を五皿食べれば、約350グラムになります。

果物も健康に貢献します。たとえば、果物は、胃の中にいて、胃がんの原因になるといわれるピロリ菌の増殖を抑制することがよく知られています。でも、日本の果物摂取量は、世界の国々と比較すると、かなり少ないのです。

そこで、果物では、一日200グラムを食べることが推奨されています。ナシやリンゴなら1個、温州ミカンなら2個ぐらいです。

おコメに秘められる健康力は?

近年、「ジャパニーズ・パラドックス」を解く秘密は、「和食にある」と、世界中の人々に納得されています。2013年、ユネスコの無形文化遺産に登録され、「和食が健康によく、日本人の長寿の源である」と認められているのです。

その象徴として、“和食パワー”という語が使われます。このパワーを支えるのは、おコメやダイズ、ゴマやチャ(茶)などです。ここでは、和食の主役であるおコメの栄養を紹介します。ごはんとして食べる精白米と、玄米などに多く含まれる米ぬかの成分に分けられます。

精白米には、デンプンを中心とする炭水化物が約77%で、タンパク質が約6%含まれます。わずかですが、脂質も含まれています。ごはんとして食べる場合には、ビタミンやミネラル、食物繊維が豊富で、塩分や脂質が少ないので、主食として適切です。

玄米には、ビタミンやミネラルが多く含まれます。1910年、鈴木梅太郎博士が、米ぬかから、ビタミンB1を主成分とする、脚気の治療に有効な成分を抽出して、「オリザニン」と名づけています。この名前は、イネの学名「オリザ サチバ(Oryza sativa)」にちなみます。

近年、米ぬかに含まれるポリフェノール「フェルラ酸」は、アルツハイマーの原因とされる脳内物質のアミロイドβを減らすことが動物実験で実証されています。最近では、認知症予備軍とされる軽度認知障害への効果が認められ、この物質を含んだサプリメントを服用し、実際の患者への効果を確かめることが試験的になされています。

甲南大学特別客員教授
田中修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第66号 2023年12月