2021.9.5

植物たちが秘める“健康力”#06 アルツハイマー病の発症遅延効果

甲南大学特別客員教授

田中修

今年6月に、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)の治療薬として、「アデュカヌマブ」が米国食品医薬品局により承認されて、話題となりました。

アルツハイマー病は、「アミロイドβ(ベータ)」という物質が、数十年をかけて、脳に蓄積することが原因とされ、その蓄積を遅延させることがこの病気の予防に役立ちます。そこで、今回は、遅延をもたらす効果をもつ可能性が示されている、3つの食材を紹介します。

ビールの苦みの成分「イソアルファ酸」

ビールの苦みの原料となるのは、ホップという植物です。ホップには、松かさに似た毬花(まりばな、あるいは、きゅうか)とよばれる花が咲きます。これがビールの苦みを取り出すのに使われます。

毬花は「ルプリン」とよばれる黄色の粒子を含んでおり、その中に「アルファ酸(フムロン)」という成分があります。アルファ酸は、ビールをつくる過程で、「イソアルファ酸(イソフムロン)」に変換され、これがビールの苦みとなります。

2016年に、東京大学と学習院大学、キリン株式会社の共同研究として、「イソアルファ酸が、アルツハイマー病の予防に役立つ」という発表がなされました。この研究は、アミロイドβが早期に蓄積するように遺伝子が組み込まれたマウスを使って行われました。これらのマウスが、イソアルファ酸を含む飼料を与えられるグループと、含まない飼料を与えられるグループに分けられ、比較されました。その結果、イソアルファ酸が与えられなかったグループのマウスの脳には、与えられたグループのマウスより、アミロイドβが多く蓄積し、「イソアルファ酸が、アミロイドβの蓄積を少なくする」ということが示されました。

ただ、この研究では、「どれだけのビールを飲んでいれば、アルツハイマー病を予防できるのか」という疑問については、触れられていませんでした。

ニンニクの熟成成分「S-アリルシステイン」

高い温度や高い湿度などの条件で熟成させたニンニク(黒ニンニク)は、「不思議な黒い果物」とよばれ、果物のような食感をもちます。熟成の仕方によって、数値は異なるようですが、青森県産の熟成したニンニクでは、いくつかのアミノ酸が増加することが示されています。たとえば、「アルギニン」は約2倍、「グルタミン酸」も約2倍、「アスパラギン酸」も約2倍に増えます。

また、S-アリルシステインという成分が、熟成したニンニクでは、熟成しないニンニクよりも、約47倍に増えることも示されています。このS-アリルシステインが、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβの蓄積を防ぐことが示されています。

2006年、アメリカのイリノイ大学麻酔科学教室から、「アルツハイマー病を発症するようにつくられた実験用のマウスに、4カ月間、S-アリルシステインや熟成ニンニクから取り出したエキスを与えると、S-アリルシステインがアミロイドβの蓄積を抑えた」という実験の結果が報告されているのです。

ただ、この実験では、「熟成ニンニクのエキスが、S-アリルシステインより、アミロイドβの蓄積を強く抑える」という結果が得られています。 そのため、「熟成ニンニクのエキスには、S-アリルシステインの効果を高める物質が含まれている」、あるいは、「エキスには、S-アリルシステイン以外のアミロイドβの蓄積を抑える物質が含まれる」という可能性が考えられています。

オリーブオイルの「オレオカンタール」

オリーブの果肉を搾って得られるオリーブオイルには、「老化や動脈硬化の予防に役立つ」といわれる「ビタミンE」や「ポリフェノール」、「オレイン酸」などとともに、「オレオカンタール」という成分が含まれています。

オレオカンタールは、炎症を抑えたり、酸化を防いだりする効果が以前より知られていました。近年は、この成分がアルツハイマー病の発症を遅らせるという研究成果が発表されています。

2009年に、アメリカのノースウェスタン大学神経生理学講座のピット博士らが、「オレオカンタールが、アミロイドβが凝集した『老人斑』を減らす効果がある」と報告しました。

2013年に、アメリカのルイジアナ州立大学の基礎薬理学部門のアブズナイト博士らは、「老人斑が脳の中にできると、それを排出するための出口の数を多くすることで、オレオカンタールは老人斑を減らしている」と報告しました。

出口をつくるためのタンパク質の量は、オレオカンタールを摂取したマウスでは、摂取しなかったマウスに比べて約1.3倍に増えていました。実際に、老人斑の排出量がオレオカンタールを摂取したマウスでは、摂取しなかったマウスに比べて約1.3倍になっていました。

甲南大学特別客員教授
田中修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、草・木・花のしたたかな生存戦略 を紹介した『植物はなぜ毒があるのか』(幻冬舎新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第57号 2021年9月