ハーバルセラピストのための精油専門講座

第2回 精油の抗菌作用と抗ウイルス作用
1.はじめに
前号の会報誌vol.71では精油の機能性の特徴のひとつとして抗菌スペクトルの広さを指摘しました。精油は抗菌作用だけではなく抗ウイルス作用ももつことが知られています。さらに最近では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は精油の抗ウイルス作用の研究に弾みをつけ、さまざまな作用メカニズムが明らかにされています。そこで今回は精油の抗菌作用や抗ウイルス作用について解説します。
2.精油の抗菌・抗真菌作用
各種の細菌に対する薬剤感受性試験の実験結果を表1に示します。数字は阻止帯幅なので数字が大きいほど抗菌作用が強いことを表しています。精油の抗菌作用についてはティートリー精油が有名ですがティートリー精油以外の精油も各種の細菌に対して抗菌作用を有していることがわかります。その、一方で緑膿菌に対してはどの精油も抗菌作用をもたないことがわかります。これは精油の抗菌作用の作用点が細胞膜なのですが緑膿菌は細胞膜に接触しにくいことに起因します。緑膿菌の外膜の透過性を人為的に促進すると活性をしめすことも知られています。

1)精油の抗菌作用の特徴
精油の抗菌作用について先駆的な研究を行った井上重治先生(帝京大学医真菌研究センター)はティートリー精油の抗菌作用について以下のようにまとめています。
①ティートリー精油は緑膿菌を除くさまざまな細菌に対して抗菌活性を示す。
②ティートリー精油はカンジダ、マラセチアなどの酵母やアスペルギルス、白癬菌などの真菌に抗真菌活性を示す。
③ティートリー精油の活性は主要成分であるテルピネン-4-オールに基づいていてターゲット細胞の膜に吸収されて膜機能を障害することにより抗菌活性を発現する。
④ティートリー精油の抗菌活性は界面活性剤や油、有機溶媒の添加により低下する傾向がある。
⑤精油はMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの抗生物質耐性菌に対しても感受性を示す。
⑥表在性感染症に対するティートリー精油の使用経験は70年を超える歴史があり、有効性や安全性に対する一定の評価が得られている。特に現代医療が抱えているふたつの問題である薬剤耐性と医療経済的な側面でその存在意義が再認識されてきているように思われる。なお井上重治先生は感染症に対するアロマセラピーと化学療法の対応を表2のように比較しています。

2)精油成分の官能基による抗菌活性の順序
精油成分とその機能には構造活性相関があります。精油成分の官能基と抗菌活性にも相関があります。官能基による抗菌活性は概ね次の順序です。
フェノール・キノン > アルデヒド > アルコール > ケトン > エステル・エーテル > オキシド・炭化水素
次に精油の抗菌活性の順序を示します。
オレガノ(カルバクロール26%・チモール23%) > レモングラス(ゲラニアール43%・ネラール27%) > ティートリー(テルピネン-4-オール43%) > ヒソップ(イソピノカンフォン30%・ピノカンフォン19%) > ヘリクリサム(酢酸ネリル52%) > ユーカリ(1,8-シネオール68%) > サイプレス(α-ピネン60%)
したがって抗菌を目的とする場合はフェノール・キノン系、アルデヒド系、アルコール系の官能基をもつ精油成分を含む精油を選択するのが妥当です。
3)気道感染症に対する精油の活用
かぜやインフルエンザなどの気道感染症に対しては精油の活用が極めて有効、有用です。精油は抗菌スペクトルが広く、また揮発性をもつため環境を浄化すると共に呼吸により吸入されます。さらに抗菌薬は原則的には抗菌作用のみですが精油は抗菌作用以外にさまざまな機能性を有します。具体的には抗炎症作用や抗アレルギー作用、抗酸化作用や鎮咳去痰作用、鎮痙作用(気道閉鎖の緩和)などをもたらします。ティートリー精油に含まれるテルピネン-4-オールはマクロファージからの炎症性サイトカインTNF-αやIL-1の放出を抑制します。また1,8-シネオールはアラキドン酸からのロイコトリエンの生成を抑制します。さらにティートリー精油は白血球の分化を誘導して免疫系を賦活します。
4)皮膚疾患に対する精油の活用
皮膚疾患に対する精油の具体例にはニキビに対するティートリー精油の外用があります。ニキビの病巣にはアクネ菌の増殖と炎症がみられます。ティートリー精油は精油のなかでも比較的、皮膚に対する刺激が少ないことが知られています。ティートリー精油は抗菌作用だけでなく抗酸化作用や抗炎症作用があり、さらに精油の特徴である経皮吸収が起こるため皮膚の深部にも効果がもたらされます。またティートリー精油は黄色ブドウ球菌などにも抗菌作用をもたらす一方で常在性の共生細菌に対しては比較的、緩和であるため皮膚の細菌バランスを保ちます。

5)精油の抗菌・抗真菌作用の臨床報告
中山産婦人科クリニックの鮫島浩二医師は膣カンジダ患者にティートリー精油の5%洗浄液(精製水95cc、ティートリー精油100滴、無水エタノール1cc前後)による5日間の洗浄で75%の有効率を得ています(対照のミコナゾールは67%)。Basset氏らは5%過酸化ベンゾイルローションと5%ティートリー精油をニキビ患者124人に用い、いずれも明らかな改善が得られました。効果の発現はティートリー精油の方が遅いものの副作用はほとんどみられませんでした(The Medical Journal of Australia,Vol.153 October15,1990)。ニキビ患者60人を5%ティートリー精油群30人とプラセボ群30人に分けて15日間塗布した二重盲検試験では全ニキビ症状カウントとニキビ重症度係数でそれぞれ3.55倍、5.75倍ティートリー精油群が勝っていました(Enshajel et al.2007)。
3.精油の抗ウイルス作用
ウイルスは自己増殖できませんが他の生物の細胞を利用して自己を複製させる感染性の構造体でタンパク質の殻とその内部に入っている核酸から成ります。表3にウイルスの種類を示します。インフルエンザウイルスやヘルペスウイルスなどエンベロープ(脂質二重膜)があるウイルスに対しては、精油は細菌や真菌に比べて桁違いの活性を示します。これは細菌や真菌のターゲットである細胞膜が厚い壁で保護されているのに対してウイルスではエンベロープがむき出しになっているためです。精油は脂溶性であるためウイルスのエンベロープに容易に浸透して膜を破壊します。ウイルスが感染すると時間の経過とともにインターフェロンの産生、NK細胞の活性化、細胞障害性T細胞の出現、抗体の産生と活性化マクロファージの出現と進みます。精油が抗菌作用だけでなく抗酸化作用や抗炎症作用を発揮することで細菌感染を巧妙に防ぐように精油は抗ウイルス作用だけでなく他の機能を発揮してウイルス感染を制御します。具体例にはコロナウイルス2(SARS-CoV-2)はACE-2から宿主細胞に侵入しますがゼラニウム精油はACE-2の発現を抑制します。また青森ヒバ精油はNK細胞を活性化しβ-ラクタム系抗生物質と精油との併用で抗菌活性の増強が報告されています。これは精油による細胞膜障害による膜透過性や膜流動性の変化と抗生物質の細胞内移行性の向上によるものと思われます。

4.おわりに
感染症に対するメディカルハーブの基本的な考え方は細菌やウイルスなどを破壊するという攻撃的な発想ではなく生体防御機能を高めて感染を防ぐという防御的なアプローチです。したがってストレスマネジメントや栄養・運動・休養を三本柱としたライフスタイルの改善が基本になります。精油はその抗菌作用のメカニズムから耐性菌を生みにくいとされていますが現代医学の過ちを繰り返さないためにも基本的な考え方を忘れないようにしたいと思います。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第72号 2025年6月





