2025.10.16

植物たちが秘める健康力:〜日本人の長寿を支える“コーヒーの力”〜

甲南大学名誉教授

田中 修

 2023年の日本でのコーヒー消費量は世界第4位であり、1人当たり年間約3.5kgのコーヒー豆を消費しています(全日本コーヒー協会)。これほど飲まれているコーヒーが日本人の健康を支えていることには間違いありません。今回はコーヒーの力を紹介します。

コーヒーの健康力の発見

 この植物の原産地は、アフリカ大陸といわれます。9世紀ころ、エチオピア草原で、ヤギの放牧をしていたカルディという少年が、サクランボのような赤く熟した果実を食べたヤギが元気に走りまわる姿を目にしていました。そこで、少年も、元気がない日にその実を食べて、元気を回復したといわれます。これが、コーヒーの木の発見と伝えられます。

 カルディはヤギ飼いや修道僧だったなど、時代も含めて、この話の詳細には諸説がありますが、コーヒー発見の「カルディ伝説」といわれます。

 10世紀に、アラビア人の医師ラーゼスは、コーヒーの薬理効果を認めて、臨床結果とともに、消化促進作用、強心効果、利尿作用などを書き残したといわれます。

 その後、コーヒーは心臓病や糖尿病などを防ぐ効果が報告されています。そのため、「1日に何杯飲むのが健康にいいのか」という疑問が多くの人にもたれます。

 これに対する答えは、国立がん研究センターが行った研究で示されます(2015年)。日本全国の健常な40〜69歳の男女、約9万人を対象にして、「ほとんどコーヒーを飲まない」、「1日に1杯未満」、「毎日1〜2杯」、「毎日3〜4杯」、「毎日5杯以上飲む」という5つのグループに分け、約20年間にわたって調べられました。

 約20年間に、12,847人の方が亡くなりました。その割合は、「ほとんどコーヒーを飲まない人」のグループがもっとも高く、もっとも死亡リスクが低くなるのは、「毎日3〜4杯」のグループでした。この結果からは、1日3〜4杯が適切ということになります。

コーヒーの主要な成分と、その働きとは?

 コーヒーに含まれる成分の中では、カフェインとポリフェノールの一種クロロゲン酸、香りのジヒドロベンゾフランの働きがよく知られています。

 カフェインには、「眠気を覚ます」、「疲労感を消す」、「空腹感をなくす」などの作用がよく知られます。

 2024年、甘味を加えたカフェイン水をマウスに与えると、体内時計が乱れ、活動リズムが遅れ、個体によっては夜行性から昼行性に変わったという研究が、広島大学から発表されています。この結果は、コーヒーのようなカフェイン飲料への甘味の追加が、夜眠れなくなる生活リズムを乱すカフェインの作用を強める可能性を示しています。クロロゲン酸では、体脂肪を減らし、体重を減らす効果があり、血管力を高め、血流を調節する作用がよく知られます。また、「#2 ポリフェノールの働きとは?」で、「クロロゲン酸には、シミやソバカスを防ぐだけでなく、肌の水分の保持を促すため、肌の美容に効果があり、1日に、3〜4杯のコーヒーを飲む人の肌の年齢は、実年齢よりも若くなる傾向がある」という内容を紹介しています。

 コーヒーの香りの主な成分は、「ジヒドロベンゾフラン」です。多くの人が朝にコーヒーを飲むと気持ちがシャキッと感じるのは、カフェインの作用にもよりますが、ジヒドロベンゾフランが、脳の中のセロトニンとよばれる物質に似た働きをするためとも考えられています。

 セロトニンは、「幸せ物質」ともよばれ、「楽しい」「充実している」などの感情を生み出します。そのため、コーヒーの香りを嗅いで、幸せな気分になることができるのです。

トリゴネリンの新しい知見

 コーヒーには、前回、桜島大根に含まれることを紹介した、「血管をしなやかで柔らかい状態に保ち、血管の機能を改善する」といわれるトリゴネリンが含まれます。

 2023年、筑波大学の研究者らは、コーヒーに含まれるトリゴネリンがマウスの認知機能を改善する効果を見出しています。

 研究では、老化が促進されるモデルマウスにトリゴネリンを与えると、自分の位置を認識する機能とともに、記憶の改善効果があることを認めています。

 2024年、トリゴネリンは、肥満度を示すボディマス指数(BMI:Body mass index)が高めの人の安静時のエネルギー消費を増加させることが発表されています。この指数は、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で求められる数値で、理想的な値は22とされます。この値が23以上の被験者は、トリゴネリンを接種した8週間後の安静時のエネルギー消費量が高くなることが示されたのです。

 これは、トリゴネリンが、中性脂肪を溜め込む白色脂肪細胞を、脂肪を燃焼させるベージュ脂肪細胞に変化させ、安静時のエネルギー消費量を増加させる結果と考えられます。コーヒーを飲むと、脂肪が燃焼し減少するということの科学的根拠を示します。

甲南大学名誉教授
田中 修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第72号 2025年6月