2025.8.14

ハーバルセラピストのための精油専門講座

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会 理事長

林 真一郎

第1回 アロマセラピーとメディカルハーブの比較と精油の機能性の特徴


 わが国におけるアロマセラピーは1985年に英国のロバート・ティスランド氏の著書が翻訳されたことでスタートしました。それからすでに40年近くの歳月を重ねていますが、欧米ではここ10年ほどで新たな潮流が起きています。それはアロマセラピーとメディカルハーブが接近しつつあることです。言葉を変えればアロマセラピストとハーバルセラピストの交流が盛んになり、互いに学び合う状況が生まれています。またアロマセラピーはリラクセーションとしてのオイルマッサージが柱になって普及を遂げてきましたが精油の薬理作用などの研究が飛躍的に進展したため、オイルマッサージ以外での活用(手技を伴わないアロマセラピー)が広まっています。そこでこうした流れに沿ってハーバルセラピストの皆さまに精油の基礎知識について最新情報を含めて4回にわたって連載します。

 アロマセラピーもメディカルハーブも植物起源の療法でヒトが生まれながらにしてもつ自然治癒力(自己治癒力と自己調節機能)に働きかける自然療法です。また医薬品とメディカルハーブの違いは医薬品が単一成分であるのに対してメディカルハーブは複合成分であることですがアロマセラピーで用いる精油も複合成分で、精油の成分間で相乗効果がもたらされます。さらに精油やポリフェノールなどの植物化学成分は共に活性酸素を消去して抗酸化作用をもたらします。

 メディカルハーブではポリフェノールやアルカロイド、精油やタンニンなど様々な植物化学成分を丸ごと用いますが、アロマセラピーでは精油のみを用います。したがって図1に示すようにアロマセラピーはフィトセラピーの一部(National Institutes of Health Conference 1994)ということになります。またアロマセラピーで用いる精油は脂溶性ですがメディカルハーブで用いるポリフェノールやアルカロイドは水溶性です。精油は芳香成分を揮発させたり植物油脂(植物油)などの溶媒に希釈して外用で用いますが、メディカルハーブでは茶剤(ハーブティー)やチンキ剤として内用されることもあります。


図1 芳香療法と植物療法の関係


 また図2に植物化学成分の生合成経路の簡略図を示しますが、精油はメバロン酸経路を経たテルペノイドとシキミ酸経路を経たフェニルプロパノイド(C6-C3化合物)です。テルペノイドの例としてはペパーミント精油のメントール、オレンジ精油のリモネン、ゼラニウム精油のゲラニオールなどがあり、フェニルプロパノイドにはフェンネル精油のアネトール、クローブ精油のオイゲノール、シナモン精油の桂皮アルデヒドなどがあります。


図2 植物化学成分の生合成経路

 精油の機能性は他の植物化学成分と比べてどのような特徴があるのでしょうか。図3に植物化学成分の分子構造や物理化学的性質による分類を示します。


図3 植物化学成分の分類

 精油の機能性の特徴を以下の3点にまとめます。

①抗菌スペクトルの広い強力な抗菌作用

 抗菌スペクトルとは抗菌性物質がどの細菌に有効であるかを示したものです。精油が様々な細菌に有効なのは自然界には多様な細菌や真菌が存在していて、精油はそれに対する生体防御機能の手段として生合成されているからだと考えられます。タンニンや植物酸(酢酸やクエン酸など)も抗菌作用をもちますが揮発しません。精油は揮発性があるため室内環境を浄化したり悪臭物質を物理化学的に消臭することが可能です。なお精油は細菌や真菌だけでなくウイルスにも抗ウイルス作用があることが明らかになっています。抗生物質が細菌や真菌には効果があってもウイルスに対しては全く無力であることを考えるとたいへん有効、有用であることがわかります。具体的には青森ヒバ精油の院内感染を引き起こすMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に対する抗菌作用やクロモジ精油のインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス作用が報告されています。

②嗅覚神経を介しての速やかな心理作用

 精油の芳香成分は脳機能や心理に変化を起こしますがアルカロイドや一部のフラボノイドもそうした作用をもちます。アルカロイドのカフェインの興奮作用はよく知られていますし、アピゲニンなどのフラボノイドも血液脳関門を通過して鎮静作用をもたらします。それに対して精油の芳香成分は嗅覚神経を経て電気的に大脳辺縁系に伝達されるため速やかに情動に作用し、イメージや行動を誘起します。ちなみにコーヒーを飲んでからカフェインの血中濃度が最大になるまでに30分から2時間を要するとされます。また呼吸で肺胞から体内に取り込まれた精油は全身循環に入り血液脳関門を通過して脳に作用します。したがって香りを嗅いだ場合にはまずは嗅覚神経経由で反応が起こり少しおいてから薬物的な反応が起きることになります。嗅覚反応だけでは効果は短時間で消失しますがこの2段階の反応により効果が安定します。精油の心理作用については具体的にラベンダー精油やローズ精油、北海道モミ精油や高知ユズ精油に行動薬理試験によって芳香浴での抗不安作用が報告されています。

③外用で使用した場合の速やかな経皮吸収

 カフェインなどアルカロイドの一部やフラボノイドも皮膚にある程度、浸透しますが精油は速やかに経皮吸収して全身循環に入ります。一般に物質が経皮吸収するには脂溶性で分子量が500以下が目安とされます。実際の分子量がリモネンが136、メントールが156、スクラレオールが308ですから精油成分は理論的にも経皮吸収が可能です。天然や化学合成のいずれも物質を皮膚から吸収させる場合は異物に対する生体防御の観点から身体の側は物質の侵入を阻止するメカニズムが働きます。したがって薬物を経皮吸収させる場合にはエタノールやプロピレングリコール、界面活性剤などの経皮吸収促進剤と一緒に送り込む必要がありますが精油の場合には不要です。キャリアオイルとして使用する植物油に含まれるオレイン酸などの不飽和脂肪酸は経皮吸収促進剤として働きます。精油の経皮吸収についてはラベンダー精油を2%濃度で製したマッサージオイルで腹部をマッサージし、肩から採血した際にラベンダー精油の含有成分である酢酸リナリルとリナロールが見い出され、マッサージ後20〜25分で血中濃度が最大になりおよそ90分で消失したという報告があります(Journal of the Society of Cosmetic Chemist 43:49-54)。なお最近では安全性と有効性の観点から女性ホルモン薬や疼痛緩和薬、抗認知症薬などの経皮吸収型製剤が増加しています。オイルマッサージというアプローチは「古くて新しい手法」といってよいでしょう。

 医薬品には錠剤やカプセル剤、点眼剤や注射剤など様々な種類があります。こうした用途に応じて適切な形に製したものを剤形と言います。精油の主な剤形を図4に示します。精油を用いた軟膏剤(ミツロウ軟膏)であれば精油が主薬でミツロウと植物油を軟膏基剤と言います。従来のアロマセラピーではマッサージオイルに加えて芳香剤や湿布剤、軟膏剤や入浴剤などが主な剤形でしたが精油の剤形は他にもあります。ここでは酒精剤とリニメント剤のふたつを取り上げます。


図4 剤形の種類

①酒精剤 Spirits

 酒精剤は精油または揮発性物質をエタノールまたはエタノールと水の混液で溶かした液状の製剤です。チンキ剤と似ていますが酒精剤は精油などを単に溶媒に溶解して製するのに対してチンキ剤はハーブや生薬を用いて有効成分を抽出した製剤です。具体的な処方例としてはペパーミント精油の酒精剤があります。エタノール8mLにペパーミント精油2滴、植物性グリセリン2mLを加えて混和します。使用例としては頭痛の際にこめかみに塗布します。グリセリンは刺激を和らげるためと定着をよくするために用いています。ロールオンの容器を用いると便利です。

②リニメント剤 Liniments

 リニメント剤は液状または泥状に製した、皮膚にすり込んで用いる外用剤です。基剤としては水やエタノール、植物油、グリセリン、石けん液などが用いられます。アロマセラピーのマッサージオイルはリニメント剤に含まれます。リニメント剤はローション剤と軟膏剤の中間の粘稠度をもつ流動性の製剤で皮膚に塗擦する(すり込んで用いる)ことに特徴があります(損傷のある皮膚には使用しません)。基剤に植物油を用いる場合はエタノールを用いる場合に比べて精油の浸透性は劣りますが、作用が緩和なためマッサージを必要とする場合には最適です。具体的な処方例としてはローズマリー精油のリニメント剤があります。マカデミアナッツ油10mLにエタノール10mL、ローズマリー精油4滴を混和して製します。使用前によく振り混ぜます。使用例としては冬期の神経痛や関節リウマチに患部を温めた後に塗擦します。塗擦の刺激により疼痛が隠蔽されます。なお医薬品の製剤の場合は主薬の作用に影響を与えないように作用をもたない基剤、例えば軟膏基剤にワセリンを用いますがアロマセラピーでは自然素材を用いるため基剤そのものが機能性をもつ場合があります。例えばマカデミアナッツ油を外用で用いた場合にマカデミアナッツ油に含まれるパルミトオレイン酸が経皮吸収して血中に移行し、耐糖能が改善されることが報告されています(アロマテラピー学雑誌Vol.14,No.1,8-14,2014)。

 したがって血糖値が高い場合にはマカデミアナッツ油をキャリアオイルに使うことが勧められます。

 ハーバルセラピストもアロマセラピスト同様にアロマセラピーや精油の最新情報をキャッチアップすることが大切です。またメディカルハーブの実践においては精油の機能性をよく理解したうえで活用することが有効性や安全性の観点からも大切です。

特定非営利活動法人 日本メディカルハーブ協会 理事長
林 真一郎 はやし しんいちろう
はやし・しんいちろう 東邦大学薬学部薬学科卒業。グリーンフラスコ株式会社代表、東邦大学薬学部客員講師、静岡県立大学大学院非常勤講師、日本赤十字看護大学大学院非常勤講師、ソフィアフィトセラピーカレッジ代表。医師・鍼灸マッサージ師・助産師・薬剤師などとネットワークをつくり、情報交換を行いながらホリスティック医学としてのアロマセラピーやハーブ療法の普及に取り組んでいる。著書に『アロマ&ハーブ大事典』(新星出版社)、『臨床で生かせるアロマ&ハーブ療法』(南山堂)、共著に『高齢者介護に役立つハーブとアロマ』(東京堂出版)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第71号 2025年3月