2023.3.18

植物たちが秘める健康力 : 2022年、話題となった植物の成分

甲南大学特別客員教授

田中修

昨年、いろいろな植物が話題になりましたが、その中に、私たちの健康にかかわるものがいくつかありました。今回は、それらの中から、話題となった植物の三つの成分を紹介します。

ケルセチンが認知機能の維持に有効!

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の生物系特定産業技術研究支援センターが、2022年4月発行の『成果事例こぼれ話』で、タマネギに含まれる「ケルセチン」という成分が加齢に伴って低下する認知機能の維持に有効であることを発表しました。

ケルセチンは、野菜や果物などに含まれるポリフェノールの一種です。特に、タマネギに多く含まれており、血管を健全な状態に保ち、血液をサラサラにする効果をもち、心筋梗塞による死亡リスクの低下など生活習慣病の予防効果をもつ物質です。緑茶やウーロン茶などに含まれて、肥満を防ぐ作用がある成分として知られています。

発表されたのは、農研機構と北海道情報大学などとの共同研究の成果であり、研究には、ケルセチンが多く含まれる「さらさらゴールド」という品種のタマネギが用いられました。60~80歳の健康な男女70人を2つのグループに分けて、一方には、「さらさらゴールド」の中玉2分の1個に相当する量の粉末を1日に1回、もう一方には、ケルセチンを含まないタマネギの粉末を同量食べてもらいました。24週間後に、認知機能テストが実施されました。

その結果、ケルセチンを含む粉末を食べた人は、ケルセチンを含まない粉末を食べた人に比べて、認知機能検査の点数が高くなり、ケルセチンにより認知機能が維持されることが示されました。

この研究とは別に、2022年6月、岐阜大学が、「ケルセチンとその誘導体の癌転移抑制機構の一端を解明した」と発表しました。この成果は、ガン転移の抑制剤の開発につながるでしょう。

これらの研究成果から、今後、ケルセチンは、認知機能の維持や、ガン転移の抑制などに活躍が期待されます。

カカオの成分が寿命を延長!

カカオは、中南米、南アフリカ、東南アジアなどを原産地とする植物で、その種子は、チョコレートやココアの原料として利用されています。学名は「テオブロマ カカオ」であり、「テオブロマ」の「テオ」は、神を指し、「ブロマ」は食べ物を意味する語で、テオブロマは、ギリシャ語で「神様の食べ物」という意味です。

カカオには、「カカオポリフェノール」という健康に良い成分が含まれていることが知られています。この成分には、高血圧を低下させ、動脈硬化を予防し、老化を防止するなどの作用があります。

このような効果があることに注目して、カカオが寿命の延長に及ぼす効果とその成分を明らかにする研究が、ショウジョウバエを用いて行われました。その結果、2022年8月、東京工科大学、山梨学院短期大学、株式会社明治らの研究グループにより、カカオの種子に含まれる「トリプタミド」という成分がショウジョウバエの寿命を延長するという効果が発表されました。

この成分が含まれたエサを食べたショウジョウバエは、通常のエサを食べたハエよりも平均寿命が、4日間(14パーセント)延びたのです。小さな数字の印象かもしれませんが、2022年8月に厚生労働省が発表した日本人女性の平均寿命87.57歳に当てはめると、99.82歳にまで延びるということです。

さらに、この成分は、加齢に伴って進行する、ショウジョウバエの運動能力の低下を防ぐことも発表されました。これらの効果は、この成分が、老化や肥満防止にはたらく「長寿遺伝子」とも呼ばれる「サーチュイン遺伝子」を活性化させる結果と考えられています。

ガン治療薬の弱点を克服するのは?

2018年、京都大学特別教授本庶佑氏が、ガン免疫療法の発展に貢献した業績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そのガン免疫療法から生まれたのが、「オプジーボ」というガンの治療薬です。しかし、この治療薬には、高齢者では効果が出にくいという弱点がありました。

2022年10月、本庶佑特別教授らの研究チームは、「スペルミジン」という物質がこの弱点を克服することを発表しました。スペルミジンは、ポリアミンと呼ばれる物質の一つで、身体の状態を正常に保つ働きをもつ物質です。しかし、高齢になるにつれて、その量が減っていくことがわかっています。

そこで、高齢のマウスに、「オプジーボ」とともにスペルミジンを与えると、「オプジーボ」の治療効果が高まったのです。今後、人間の「治療薬とスペルミジンを併用した治療法」が開発されることになるでしょう。

スペルミジンは、この発表の前にも、動脈硬化や認知症を予防する効果があることが見出されている物質です。食品から摂ることができるもので、多く含まれているのは納豆で、チーズやヨーグルトなどは、体内のスペルミジンを増やすことが知られています。

甲南大学特別客員教授
田中修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第63号 2023年4月