2018.3.1

カレンデュラ(金盞花きんせんか

文筆家(木の文化研究)

杉原梨江子

暮らしの中のハーブ

ハーブ・樹木の伝承と神話6

カレンデュラ(金盞花きんせんか

Calendula officinalis キク科・一年草
──シンボル:太陽、健康、幸福、出世

鮮やかな黄色やオレンジ色の花びらがまぶしいカレンデュラ。部屋に飾っておくだけでも、瞳から色の力をいただいて元気になる気がします。古来、優れた薬効があるハーブほど神話や伝承が多いとお伝えしてきました。カレンデュラも例外ではありません。

健康と幸福を約束する、太陽の花嫁 ── 古代西洋

古代、黄色の花には太陽が宿るとされ、カレンデュラは「太陽の花嫁」と呼ばれていました。万物に神々が宿ると信じられた時代、太陽はあらゆる生命の源として崇拝の対象。カレンデュラは日が昇る頃に花を開き、昼には太陽に顔を向けて咲き、日が沈むと輝きを失う性質から、太陽とともに生きる花とされたのです。

カレンデュラの花を思い浮かべてみてください。花びらが放射状に広がる形は太陽の光線を表し、黄色やオレンジ色の花は太陽の輝きの色。カレンデュラを手にする人には太陽エネルギーが降り注ぎ、健康と幸福とを約束します。

ところで、カレンデュラの花言葉を調べると、「悲嘆」「失望」などの言葉を目にすることがあります。これは中世の頃、黄色い花に不吉な意味が表れるようになってからのこと。カレンデュラはその初期の花のひとつといわれています。本来、黄色の花は太陽が宿る花。カレンデュラの黄色も太陽の光を象徴し、幸福を導く花として使いたいハーブです。

花期が長いことから「変わらない愛情」の象徴でもあり、古代西欧の結婚式では花冠の材料に使われました。女性の貞節、純潔を相手に伝える意味もありました。

カレンデュラの誕生伝説─ 古代ギリシャ・ローマ神話

太陽崇拝とカレンデュラへの信頼を上手に語っているのが古代ギリシャ・ローマに伝わる花の誕生神話です。昔、イタリアのシチリア島に住む少年クリムノンは太陽の神アポロンに恋をします。昼間、彼の心は喜びであふれていますが、夜になり、太陽が姿を消すと寂しくてたまらなくなりました。その様子を見ていた雲の神様はいたずら心を起こして、8 日間も太陽を隠してしまうのです。

アポロンと会えなくなった少年は嘆き悲しみ、恋い焦がれるあまり、ついに死んでしまいます。雲間からクリムノンのあわれな亡な き骸が らを見つけたアポロンは少年をカレンデュラの花に変え、この世に再生させました。自分を恋い慕った少年へのせめてもの贈り物でした。太陽の色をした花に生まれ変わったクリムノン。今でも花が太陽に向かって咲くのはアポロンを見上げているのです。

東洋では立身出世のシンボル─中国の説話

東洋でも古くから薬効が知られ、こんな伝説が残っています。昔々、腕はよいがなかなか実力を認められない、貧しく若い医者がいました。ある年、疫病が流行し、人が大勢死んでいきます。治療の術も薬もなく、どうすることもできずに嘆いていると、彼の枕元に金色の冠をつけた花の精が現れ、こう告げました。「東の野原で黄色い花を探しなさい。花を煎じて患者に飲ませれば、疫病はたちまち治まるでしょう」。

そこで早速、東の方角へ旅に出かけ、黄色い花を探し求めました。野を越え山を越え、やがて金色の花が 一面に咲いている草原を見つけました。「花の精が言ったのはこの花に違いない」と、花をたくさん摘み取って家に帰り、花びらを煎じて薬を作りました。その煎じ薬を飲ませると、人々はたちまち治り、町の疫病は収束していきました。彼の評判は時の帝にも伝わり、侍医に迎えられます。若い医者は実力を発揮する場を得て、尊敬される医者に成長し、裕福に暮らしました。このことから東洋ではカレンデュラは「立身出世」のシンボルです。

聖母マリアの黄金の花─キリスト教伝説

古代から太陽の花として信頼されてきたカレンデュラは、キリスト教の時代になると聖母マリアの持ち物になっていきます。愛と美の女神アフロディテ(ヴィーナス)が司るローズ、ミルクシスル、ローズマリーなどがマリアの花へと変化していったのと同様です。

カレンデュラは太陽に向かって黄金色の花を開き、暗闇つまり悪魔の時間には閉じることから、マリアの「誠実さ」や「純粋な心」のシンボルとなったのです。寒い冬にも花を咲かせ、悪天候にも強い性質はマリアの「忍耐力」も象徴しています。

毒に対抗する力をもつハーブ─古代の植物療法

古代ギリシャ・ローマ時代から人々が役立てていたハーブです。別名「貧者のサフラン」「太陽のハーブ」。古代ローマの医師ディオスコリデス(40頃~90年)は『薬物誌(マテリア・メディカ)』の中で、サソリに刺された人に使うと強力な効果があると書いています。中世ドイツの女子修道院長ヒルデガルト・F・ビンゲン(1098-1179)は「強い生命力を秘め、毒に対抗する力をもつ」と『Physica』で述べているなど、古代には解毒の作用が注目されていたようです。東洋では、『本草綱目』に生薬名「金盞花」が登場し、腸や痔の出血を抑える作用が記されています。カレンデュラは東西問わず、信頼されるハーブであったことがわかりますね。

カレンデュラのサラダ、おひたし─家庭料理

カレンデュラオイルを基本にハンドクリームやリップバームなど、日常でさまざまに使えるハーブです。

花びらは生でも食べられるので、カレンデュラ料理も楽しみのひとつに加えてみてはいかがですか。無農薬で育てている人は花びらを摘んで、ぜひ。ドライハーブはさっとゆでてから使いましょう。グリーンサラダの仕上げに花びらを散らしたり、野菜スープに加えるなど簡単にできます。

野菜スープは水4カップにドライハーブ 1/2カップ(約5g)、固形コンソメ1個と塩・こしょう少々。野菜はじゃがいも、大根、カリフラワー、しめじなど淡い色の野菜で作ると、カレンデュラの鮮やかな色が引き立ちます。じゃがいものポタージュに散らすのも素敵。

和食にもおすすめです。春菊やほうれん草のおひたしにプラス。花びらは酢少々を入れた湯でさっとゆでます。めんつゆの中にゆでた春菊などと一緒に浸けて味をなじませ、器に盛りつけます。材料の目安は野菜1束に対し、ドライハーブ1カップ(約10g)。

菊花料理を参考にするとレパートリーが増えますよ。体の中から、太陽の花の力を取り入れましょう。

(参考文献)

1) C. M. スキナー著 , 花の神話と伝説 , 八坂書房
2) 春山行夫著 , 花ことば , 平凡社
3) 大槻真一郎, 尾﨑由紀子共著, ハーブ学名語源 事典, 東京堂出版

文筆家(木の文化研究)
杉原梨江子 すぎはらりえこ
文筆家。JAMHA 認定ハーバルセラピスト、AEAJ認定アロマテラピーインストラクター、日本文藝家協会会員。日本、世界の木にまつわる伝承や神話、思想を中心に、人間と植物との交流の歴史を研究。著書『神話と伝説にみる 花のシンボル事典』(説話社)、『被爆樹巡礼~原爆から蘇ったヒロシマの木と証言者の記憶』『古代ケルト聖なる樹の教え』(共に実業之日本社)ほか。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第43号 2018年3月