2020.7.1

【北の植物】ユキザサ(雪笹)

北海道医療大学薬学部 薬用植物園・北方系生態観察園 准教授

堀田清

漢方の教科書をひもときますと、漢方の中で最も大切な『気』とは、「生体の総ての機能や物質に関わる根源的な生命エネルギーであり、目で見ることができない。陽気とも元気ともいう」こう記載されています。

ところで、地球が元気でなければ、地球上に生きる私たちが元気でいられるはずはありませんね。宇宙レベルで地球の元気とは、太陽のことなのです。太陽がなければ誰も生きていけません。地球には非常に運のいいことに水もあって大気もあり、非常に恵まれた天に愛された星だと思います。

しかしながら、太陽だけでは地球自身は元気にはなりません。もうひとつ、地球に生きる植物たちが大変重要な役割を果たしています。

植物たちは、その緑色の色素で太陽の光を受け止め、大地から水を吸い上げ、大気の二酸化炭素を吸って酸素をつくり出し、地下には私たちの根源的エネルギー源であるデンプンを貯蔵します。いわゆる光合成ですが、こうして植物たちは太陽の元気を大地に流れる生命エネルギーへと変化させるわけです。私たち人間は植物たちがつくり出したものを食べ、栄養源とするサイクルによって、太陽の元気を自分の身体の中に取り入れることができます。したがいまして、地球レベルでいえば、地球上に生きるすべての植物たちが大地に流れる生命エネルギー、漢方の『気』ということになります。繰り返しになりますが、地球上では陽気とは、太陽エネルギーを受け止め、地球上に生きているすべての生命体の、すべての命の源をつくり出す植物たちのことです。

地球の陽気(元気)=地球に生きる植物=ハーブということになります。

そして、漢方における病気予防の基本にして極意とは「自然と調和し、大地に流れる旬の生命エネルギーを能動的に、口、目、耳、鼻、肌から摂取し感動する」ということです。

本連載では、北海道の大地に自生する植物の中から、口から摂取する感動としてのハーブと、目から見て「ステキだわぁ~!すばらしいなぁ~!」という感動を与えてくれる植物たちを紹介させていただきます。

今回は、見て良し食べて良し栄養満点の優秀な山菜であるユキザサ(Smilacina japonica)を紹介します。

ユキザサは、森のやや湿った場所に群生する多年草で、日本全土に分布していますが、本州の南のほうでは1,500mくらいの亜高山帯に分布する植物で、山菜として簡単に採取できるのは東北・北海道地方くらいです。本州では登山家などの特別な人だけが「高嶺の山菜」として食べることができるだけで、一般の人にはなかなか手の届かない山菜として知られています(『北海道植物誌』北海道新聞社編、北海道新聞社)。

北海道医療大学の森では5月下旬~6月上旬、初夏を感じる新緑の森の林床に群落を形成し、その名の通り笹に似た葉の上に、雪の結晶のように繊細で可憐な花をたくさん咲かせます。その光景は初夏だというのにあたかも新雪が降り積もったようです。誰もいない静かな森のその一帯に腰を下ろし、しばしそのすばらしさに見とれ、そして目をつぶると、言葉には表すことのできない何かステキなモノが五感から沁み込んでくるのがわかります。たぶん、これが漢方の説く大地に流れる生命エネルギー=地球の元気なのかもしれません。

さて、山菜としてのユキザサは小豆菜アズキナと呼ばれます。

新芽と若葉を食用としますが、新芽が最もおいしく、そのゆで立ての香りは小豆をゆでたときの匂いと同じなので小豆菜という名がついたとされています。明治初頭、北海道開拓のために東京に設置された開拓使官園にも「雪笹草」の記載があり、野菜のひとつとしての利用の可能性を検討していたと考えられます。実際に、小豆菜に含まれるビタミンC含量は、ホウレンソウの約3倍とされています(『北海道山菜・木の実図鑑』山岸喬著、北海道新聞社)から、健康野菜としての可能性を十分に秘めていると思います。

森の中で私は、もぎ立ての旬の山菜を毎年1本だけ、そのままいただいています。ユキザサの新芽=小豆菜は、北海道産のグリーンアスパラよりもはるかにはるかに美味だと思います。ただ、ユキザサの新芽は同じユリ科のオオアマドコロ、チゴユリ、ホウチャクソウなどの新芽と類似していますから、かなり慣れた人でなければ見分けることが難しいようです。オオアマドコロ、チゴユリの新芽は苦いだけですが、ホウチャクソウは有毒ですから注意が必要です。

また、秋、真っ赤に熟した果実をつぶさないように摘み、2~2.5倍量のホワイトリカー、ドライ・ジンなどに漬けて3~4ヵ月熟成させると赤いステキなリキュールとなります(『食べられる野生植物大辞典』橋本郁三著、柏書房)。

さらにユキザサの根、根茎は漢方では鹿薬ロクヤクと呼ばれ、「気を補い、腎を益す。風邪を去り湿邪を除く、血を活かし経絡を調える」(『中薬大辞典』小学館)とあります。解説すると、「元気を補い、弱った腎を元気にし、冷えの原因である風邪と湿邪を取り去り、血に活力を与え経絡を良くし、体全体を元気にする」ということですから、私たちに元気をくれる北の大地に生きる代表的なハーブといえましょう。

漢方の説く「自然と調和する」方法のひとつは、春から秋まで、身近な森に通って、さまざまな植物たちの一生を見続け、目から旬の感動を摂取し、感動することかもしれません。北海道医療大学の森で撮影した、ユキザサの芽出しから枯れるまでのステキな瞬間をご覧ください。

5月上旬:産毛いっぱいの芽出し。大変おいしい
5月中旬:あっという間に花芽をつける。
6月上旬:粉雪のような咲いたばかりの花
6月上旬:粉雪のような咲いたばかりの花(アップ)
8月下旬:実が色づき始める。
9月下旬:真っ赤に熟した次世代の実。
北海道医療大学薬学部 薬用植物園・北方系生態観察園 准教授
堀田清 ほりたきよし
薬学博士。北海道大学大学院薬学研究科博士課程修了後、北海道大学助手、北海道医療大学薬学生薬学教室部助教授、北海道医療大学薬用植物園長を歴任後、現職。2006年より写真展を全国各地で開催。2007年、乾燥ダイコン葉エキス入り手作り石鹸を製造販売する北海道医療大学発ベンチャー企業・(株)植物エネルギーを設立し、代表取締役社長。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第40号 2017年6月