2025.11.17

追悼 村上志緒さんを偲んで

日本メディカルハーブ協会理事長 林真一郎

 皆さんに悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。長きにわたり当協会の理事として、また学術調査研究委員会委員長として協会の発展に多大な貢献をされた村上志緒さんが6月初旬に突然の病により急逝されました。ここに心よりご冥福をお祈りするとともに村上さんの足跡をたどってみたいと思います。

 村上さんは早稲田大学大学院理工学研究科博士前期課程を修了後にNECに勤務され、バイオセンサーの開発や生体の情報伝達機能の研究に従事されました。2000年4月から2009年3月までグリーンフラスコに勤務し、その間に東邦大学大学院薬学研究科博士後期課程を修了して薬学博士号を取得されました。その後は皆さんもご存知のとおり植物療法の実践や研究、教育にと日本全国を飛び回り2009年9月には『トトラボ植物療法の学校』を設立され、2015年4月には『株式会社トトラボ』を設立されました。

 彼女は誰からも愛されるお人柄であり、また誰からも頼りにされるお人柄でした。それは彼女の知性や優しさ、実行力や責任感が為せる技だと思います。活動や研究のフィールドは日本に留まらず南太平洋フィジーにまで及びました。またいち早く環境問題にも取り組み、メディカルハーブを通じた宿泊型の環境教育ツアーの開催など独自の領域を切り拓かれました。さらに当協会以外にも日本ハーブ療法研究会世話人兼事務局長や日本アロマセラピー学会特任理事、公益財団法人オイスカみずともりプロデューサーなど数々の役職を務められました。アカデミアの領域では東京都市大学理工学部や静岡県立大学大学院の非常勤講師などを歴任し、後輩の指導にもあたられました。著作では2000年から2023年までフレグランスジャーナル社の『アロマトピア』でハーブリサーチレビューを担当し、また東京堂出版から『日本のハーブ事典』と『日本のメディカルハーブ事典』を上梓されています。 

 最後に私たちが村上さんから学ぶべき植物との向き合い方を確認したいと思います。それは右脳と左脳、つまり理性と感性の両面からハーブにアプローチする姿勢です。書籍やインターネットなどから情報を得るだけでなく、フィールドに出てハーブから直にメッセージを受け取ることです。

 そして村上さんが皆さんに最も伝えたかったことはハーブのもつ効能や効果に留まらず、生身(なまみ)の生きもの同士としてハーブと対峙し、五感を介して生命の交流を愉しむことであったと思います。 

 今ごろは、村上さんはすでに向こうの世界でハーブと戯れていることでしょう。改めて心からご冥福をお祈りしたいと思います。

日本メディカルハーブ協会理事・事務局長 木村正典

 突然のことで、本当に驚きました。直前までいろいろな事業に直向きに献身的に取り組んでこられた村上志緒さんに敬意を表すると共に心から哀悼の意を表します。同時に、一緒にエコロジカルハーバリズムの資格立ち上げに取り組んできた中で、村上志緒さんから教わったこと、彼女の目指していたことを記して、その意を皆で受け継いでいけたらと思います。

地球の視点、人の視点、科学の視点

 エコロジカルハーバリズムの立ち上げに際し、その内容を議論する中で、村上さんは、ご自身が不断考えていたこと、講座で展開してきたことなどを惜しみなく提供してくれました。「無理なく、無駄なく」、「地球にも人にもやさしい」、「健やかで丁寧な暮らし」など、村上さんから頂いた多くの言葉が、エコロジカルハーバリズムのコンセプトを形成しています。テキストの染色のページでは、以下の温かい文をいただきました。

体を温めようと薬草を煎じて濾して飲んでみた。

そしたら濾し布に色がついた。

湿布をしようと薬草を煎じて布に含ませてみた。

繰り返していたら染まった。

…染まった布を腰に巻いたらいつもより暖かくなった。

…染まった布には虫がつかずに長持ちした。

植物染めの始まりは,こんなふうに身近な暮らしの一場面がきっかけだったのかもしれません。

 山梨県早川町での耕作放棄地をハーブガーデンに変える取り組みでは、対象エリアに「地球のパッチガーデン」と名付けて手描きの看板を作ってくれました。この小さなガーデンを地球の視点で考えていることが一目でわかる素敵な看板です。

 地球環境と人の両方の視点に立って、自然に委ねて無理なく丁寧に暮らすハーバルライフの大切さ、そして、それらを貫く科学の視点を常にお持ちでした。

ハーブに対するリスペクト

 お亡くなりになられる2日前、テキストの打合せの際、ハーブの残渣を使うという箇所で、私が「残渣に何の成分が残っているとか関係なしに、単に残渣を使うということでいいのでは」と言ったところ、村上さんは「そんなことしたらハーブにとっても失礼だと思う。私たちはハーブが持っている成分を最後まで有効に使ってあげる責任があるはず。その成分をきちんと最後まで使ってあげて、いよいよそれがなくなったら、最後の最後に土に還して生態系の循環を果たすようにすべきなんじゃない?」とかなり力強く言っておられたのが忘れられません。ハーブに対するリスペクトの大切さを教わりました。

 ほかにもたくさんあります。村上さんから教わったことを活かしていくことによって、彼女の目指していたことを受け継いでいけたらと思います。

 心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第73号 2025年9月