心不全患者におけるホーソン抽出物WS® 1442の有効性と安全性:SPICE試験

ホーソン(Crataegus monogyna、セイヨウサンザシ)は、ヨーロッパで古くから心機能サポートに用いられてきた植物であり、その標準化抽出物であるWS® 1442は、欧州の複数国において、ニューヨーク心臓協会(NYHA)分類ステージIIの慢性心不全に対する植物性医薬品として登録されている。
本製剤は、セイヨウサンザシの葉および花から得られる乾燥抽出物(4–6.6:1、抽出溶媒:エタノール45% w/w)であり、主要成分であるオリゴメリックプロシアニジン(OPC)を17.3~20.1%に標準化している。加えて、ヒペロシド、ビテキシン-ラムノシド、ルチン、トリテルペノイド、フェノールカルボン酸類など多様な生理活性物質を含む。
WS® 1442は、動物実験およびin vitro研究において、陽性変力作用、不整脈抑制、冠血流改善、内皮機能の向上など、多面的な薬理作用が示されており、複数の臨床試験においても、運動耐容能や心不全症状の改善、駆出率(EF)の上昇が報告されてきた。ただし、これらの試験では左室駆出率(LVEF)やダブルプロダクト、運動耐性を主な評価指標とし、心不全治療薬の併用には一定の制限が設けられていた。
近年の心不全治療は、β遮断薬、ACE阻害薬、ARB、利尿薬、ジギタリスなどの多剤併用が標準であり、こうした背景下における植物製剤の追加的意義や安全性は、これまで十分に検証されてこなかった。また、従来の陽性変力薬がcAMP経路を介して死亡率の上昇と関連する可能性が指摘されるなか、自然由来成分による補完療法の有用性と安全性の評価が求められていた。
このような課題に応えるべく実施されたのが、SPICE試験(Survival and Prognosis: Investigation of Crataegus Extract)である。本試験は、NYHAクラスII~IIIの慢性心不全患者2,681名を対象に、WS® 1442(450 mg、1日2回)またはプラセボを24ヶ月間投与し、標準治療に対する補完的介入の有効性を検証した、多施設共同・二重盲検・無作為化プラセボ対照試験である。
主要評価項目は、①心不全進行による死亡または入院、②非致死的心筋梗塞、③突然死の複合エンドポイントで構成され、副次評価項目には6分間歩行試験、症状スコア、LVEF、不整脈関連指標などが含まれた。
その結果、主要複合エンドポイントにおいてはWS® 1442群とプラセボ群間に統計学的有意差は認められなかった(HR 0.95、p=0.476)。しかし、事前に定められたサブグループ解析において、LVEFが25~35%の患者群では、WS® 1442投与により突然死リスクが有意に39.7%低下(HR 0.59、95%CI: 0.35–0.98、p=0.025)しており、特定の心機能低下群における予防的意義が示唆された。
また、副次評価項目においては、WS® 1442群における運動耐性の改善、呼吸困難や疲労感の軽減、心拍出量や左室機能の改善傾向、不整脈指標の改善といった良好な変化が確認された。
特筆すべきは、その高い安全性プロファイルである。WS® 1442は、プラセボと同等の忍容性を示し、重篤な有害事象の発生は報告されなかった。主要な標準治療薬との併用においても安全性は維持されており、臨床現場での使用に際して大きな障壁はないと考えられる。
SPICE試験は、WS® 1442の臨床的有効性と安全性を評価した最大規模のランダム化比較試験(RCT)であり、補完医療における科学的根拠として極めて重要な知見を提供している。主要エンドポイントでは有意差が認められなかったものの、特定のLVEFサブグループにおける死亡リスク低下の可能性やQOL指標の改善、安全性の確保により、WS® 1442は慢性心不全に対する有望な補完療法としての位置づけが期待される。
今後は、LVEFが中程度に保持されている患者群や不整脈リスクの高い層を対象に、より精緻な対象選定およびバイオマーカーを活用した介入研究のさらなる展開が望まれる。
[文献]
Holubarsch CJ, Colucci WS, Meinertz T, Gaus W, Tendera M; Survival and Prognosis: Investigation of Crataegus Extract WS 1442 in CHF (SPICE) trial study group. The efficacy and safety of Crataegus extract WS 1442 in patients with heart failure: the SPICE trial. Eur J Heart Fail. 2008 Dec;10(12):1255-63. doi: 10.1016/j.ejheart.2008.10.004.





