2023.6.13

森で健康に: 樹木の力をとり入れる

いりたに内科クリニック院長

入谷栄一

森の中にいると清々しい気分になり、空気がおいしく感じられます。

森には不思議な力があり、私たちの疲れた心や体を癒やし、本来の力を取り戻させてくれます。

ストレス社会に生きる現代人にとって喧騒を離れ森の中で過ごすひと時は、きっと大切な時間になることでしょう。それはまた、自然環境に目を向け、暮らし方を問い直すことにもつながります。

森の恵みを五感で味わう

近年は森の癒やし効果が注目されるようになり、森林浴を楽しむ人も増えています。森のもつ力を知り、実際にその素晴らしい世界を体験してみましょう。

暮らしに様々な恩恵をもたらし、安らぎも与えてくれる切な森

日本は国土面積のおよそ7割を森林が占める世界でもトップクラスの森林国です。南北に長い国土をもつことから、針葉樹林、広葉樹林、針葉樹と広葉樹が混ざり合った混交林、ジャングルやマングローブ林まで多様な森が存在し、この豊かな森の恵みから、衣食住の多岐にわたる日本の「木の文化」が育まれてきました。

森は私たちに生活の資材や食べ物を与えてくれるだけではありません。光合成によって二酸化炭素を吸って酸素をはき出し、地球温暖化を防ぐ働きや、葉から水分を蒸散して夏の暑さや冬の乾燥をやわらげる働き、天然のダムとして水を蓄え、災害を防ぐ働きもあります。そして、森へ行くと心も体も気持ちよくなります。森は私たちに安らぎも与えてくれるのです。

近年は、森のもつこの癒やし効果が注目されるようになり、海水浴や日光浴と並んで「森林浴」という言葉もすっかり浸透しました。森林浴は、森林を散策しながら森の空気を吸うことによって、疲労回復やストレス解消などの効果を得るものです。

広葉樹と針葉樹

広葉樹は平たい葉をつけるものが多く、常緑樹と落葉樹に分類されます。針葉樹は葉が尖っているものが多く、大半が常緑樹に分類されます。針葉樹は一般に広葉樹に比べて精油の含有量が多く、独特の清々しい香りをもっています。

広葉樹
カシ、シイ、クスノキ、ブナ、ナラ、カエデなど

針葉樹
スギ、ヒノキ、マツ、ヒバ、モミ、イチイなど

森林浴の効果の主役は樹木の香りのもと“フィトンチッド”

森林浴の効果をもたらす要因といわれるのが、樹木の香りのもとである「フィトンチッド(Phytoncide)」です。フィトンは「植物」、チッドは「殺す」を意味し、「植物から出る殺菌成分」に由来します。

フィトンチッドは植物から発散されるテルペン類※などの揮発性物質をいい、主なものにα-ピネン、β-ピネン、カンフェン、リモネンなどがあります。これらは移動することができない樹木が自らの生命を守るためにつくり出している物質で、昆虫や鳥が嫌がる香りや苦味を出し、摂食されないようにする忌避作用、カビや細菌の発生・増殖を防ぐ抗真菌・抗菌作用などをもちます。植物の外敵にとっては有害なフィトンチッドですが、私たち人間には様々な効果を与えてくれる森の精気といえるのです。

※炭化水素の一種であるイソプレン(C5H8)がいくつか結合してできた天然化合物の総称。

私たちの暮らしの中で多岐にわたり役立ってきた樹木

フィトンチッドの効果は、伐採して木材になった後にも続きます。昔の人はおにぎりをスギやヒノキの経木(木の皮)で包んでいましたが、これはフィトンチッドの抗菌効果があるためです。柿の葉寿司や柏餅のように食品を葉で包むのも、見た目や香りが楽しいだけでなく、殺菌や防腐効果を利用したもの。ヒノキなどの薄い板を曲げて作った「わっぱ」と呼ばれるお弁当箱や、ヒノキやイチョウのまな板なども同様です。

日本ではその他にも、住まいや家具、道具など様々なところに樹木が利用されてきました。ヒバやヒノキを使った建物は1000年以上長持ちし、白アリの害もないといわれます。また、木の家具を使っている時や、内装に木を使った空間にいるだけでリラックス効果を得られることがわかっています。

フィトンチッドの効果

抗菌・酸化防止・防虫効果
食品の腐敗防止、カビ・ダニの発生抑制、虫除けなど

消臭効果
においの原因菌の殺菌、においの中和など

リラックス効果
爽快感、自律神経の安定、安眠など

Column  シラカバからキシリトール
私たちがガムやタブレットなどの形で口にする甘味料のキシリトールは、シラカバやカシの樹液から抽出されるキシラン・ヘミセルロースという糖分を原料にして工業的に作られているものです。西洋医学で用いられる医薬品も、もとをたどればその多くが植物の成分に由来します。

イラスト = わたなべろみ

いりたに内科クリニック院長
入谷栄一 いりたにえいいち
総合内科専門医、呼吸器専門医、アレルギー専門医。東京女子医科大学呼吸器内科非常勤講師。在宅診療や地域医療に力を入れる他、補完代替医療やハーブ、アロマに造詣が深く、全国各地で積極的に講演活動も行う。著書に『病気が消える習慣』、『キレイをつくるハーブ習慣』(経済界)など。当協会顧問。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第64号 2023年6月