2022.5.27

日本人の暮らしの中のハーブ

ハーブは薬用や食用以外にも、服飾、工芸、建築、祭祀など様々な用途に用いられ、日本人の暮らしを支えてきました。その中には、もう見られなくなった風習や途絶えてしまった技術もありますが、脈々と受け継がれているものも決して少なくありません。

薬湯

ゆっくりとお湯に浸かる沐浴の習慣が伝えられたのは、奈良時代といわれていますが、庶民にまで入浴の習慣が広まったのは、17世紀の江戸の町からです。当時、「湯屋」と呼ばれていた銭湯では、季節ごとの特別な日に薬草を入れた薬湯を用意するようになり、端午の節句には菖蒲湯、夏の土用には桃の葉湯、冬至には柚子湯といった習慣が広まりました。

抗菌・防虫

ワサビ、カラシ、ショウガ、シソなどは現在も薬味として添えられ、食品の腐敗を防ぐ働きをします。弁当など携帯食の抗菌・保存には、タケやカシワ、ホオノキの葉などが使われます。衣類の防虫に用いる樟脳しょうのうは、クスノキを蒸留して結晶にしたもので、江戸時代にはオランダを通じて海外にも輸出されていました。スギやヨモギ、ジョチュウギクなどは蚊取り線香の材料として使われ、ヨモギは蚊遣りといって、葉を燃やして煙をたて、虫よけにするためにも利用されてきました。

染色

日本古来の3大染料とされているハーブが、青系のアイ(藍または蓼藍たであい)、赤系のベニバナ、紫系のムラサキ(紫)です。ムラサキの根で染める紫根染しこんぞめは奈良時代から行われ、当時は天皇や公家にしか許されない「禁色」とされていました。伝統的な黄色系の染料としては、クチナシ、キハダ(黄肌)、ウコン(鬱金)などが使用されました。現在の合成染料も、その多くが天然染料に合わせて作られています。

香り

日本の香り文化は、飛鳥時代に仏教の伝来と共に始まります。まず、仏教儀式で焚く焚香料ふんこうりょうとして入り、平安時代には貴族の間で香りを楽しむ趣味が広がりました。宮中では使う香りを管理する御香所ぎょこうどころという部署が設けられ、好みの香りをブレンドして競う「組香」が始まったのもこの頃です。そして室町時代に入ると、それまでの趣としての「香」が、「茶道」の広まりと共に「香道」という芸道となりました。香道に用いる香には、乳香にゅうこう白檀びゃくだん沈香じんこう安息香あんそくこう桂皮けいひ丁字ちょうじ大茴香だいういきょうなど現代のアロマセラピーで用いるものと共通のものがあります。

化粧品

自然化粧水の代表といえば、ヘチマ水です。ヘチマのツルからしみ出す水分を集めたもので、サポニンやペクチンを含み、保湿効果があります。また、クズから作られた葛粉や、キカラスウリの塊根を乾燥させた天瓜粉てんかふんが、夏のあせも対策として用いられてきました。口紅の歴史も古く、ベニバナ(紅花)の花びらから抽出した深紅の色素が、身分の高い女性を中心に使われてきました。ベニバナは江戸時代まで唯一の口紅の色素として珍重され、江戸の女性たちは様々なグラデーションを楽しんでいたといわれます。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第59号 2022年3月