2022.5.16.

ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(12) 環境と瀉血

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー

長谷川弘江

古代そして中世の医学を調べていると、古代ギリシャ、エンペドクレスの唱える「世界は四元素から成り立ち、その性質をもつ四体液説」という自然観と、「ノンナチュラリア(ノンナチュラルズ)人の健康状態を左右する6つの環境要因(six non-naturals)①大気・水・地、②食べ物と飲み物、③運動と休息、④睡眠と目覚め、⑤保持(血液・唾液・精液)と排泄、⑥情緒バランス」という環境を考えた生活態度指導の養生法がよく出てきます。聖ヒルデガルトの『自然学』や『病因と治療』もそれに沿っているのではと。

ヒポクラテスの「自然こそが真に病いを癒すもの」、身体を管理し、体液のバランスを保つとし、アリストテレスは、節度と節制そして四元素から発展した天空を構成する第五元素エーテル(アイテール)を提唱しました。この考えは、教会の教えと適っていたため、体液生理学と節制を僧院医学に発展させたのでしょう。聖ヒルデガルトの幻視にある「宇宙の中の人」は、天空の円(マクロコスモス)の中心に両手を広げた人(ミクロコスモス)であり、ホリステッィクな自然観を表していると。

また、中世において代表的な医療処置に「瀉血しゃけつ」があります。余分または、悪くなったと考えられる血液を体外に捨てる、つまり血管を切ったり、吸血虫ヒルを皮膚に置いて血を吸わせたり、吸い玉という吸引器具で吸い取ったりすることです。

ペーター先生(撮影許可を得ています)

私も何回かペーター・ゲルマン先生に説明を受け、ヒルも見せていただきました。ペーター先生も旅行前に必ず瀉血をするそうです。聖ヒルデガルトの『病因と治療』BOOKⅡにも「瀉血」について詳しく書かれています。「血管が血液で充満している時は、瀉血、またはカッピングによって、血液を浄化する必要がある。過剰な瀉血は身体を弱める。身体の弱い人は中サイズの卵に収まる程度の量とする」「満月から2日後、バラのとげのように小さい針で3か月に一度、また旅行などの前に行う」「目に潰瘍や皮膚が垂れた時は、吸い玉や角を使ってうなじから適量を瀉血する。瀉血は過ぎると害になる」。

ヒルデガルト修道院の壁のプレート

ドイツでは、国家資格である自然療法士がカウンセリングを元に瀉血を行います。日本の法律では、患者の体を切開することは医療行為にあたり、医師にしか許されません。無資格で行えば医師法違反(無資格医業)により処罰の対象となります。

ヒルデガルトの教えにおいての瀉血は、その満月の日と、その後に続く5日間にしか行われません。それを守ることで、体から悪い体液が排出されると考えられています、1か月のうち限られた数日間に行うことが大変重要な意味をもっています。それは、彼女が月の暦を大切にしているからです。「人は、血を減らすために静脈を切る前に、空腹の状態で行うべきである。空腹のままであれば、体の中の液体は、分離しているからである」。瀉血の前に飲んだり食べたりせず。歯を磨くことも禁止です。しかし、患者が弱っている場合には、横になった状態でスペルト小麦のラスクとフェンネル茶は、意識を失わないために摂ってもよいとしています。瀉血後、ヒルデガルト的な朝食が用意されます。できれば自然療法士の付き添いと共にプログラムに参加することをすすめられます。

ケルンのリンツチョコレートミュージアムの瀉血のポスター

春、聖ヒルデガルトのヘルスケアを提案しているビオホテル(オーガニック認定の食材や備品を提供するホテル)では、断食と瀉血をセットにしたプログラムが。以前ご紹介した断食のルールに従い、体の負担を軽くするため3日間の食事制限をします。瀉血の当日は、静かでゆったりできるような環境をつくります。自分の体のシグナルを、じっくり向き合って聞き、回復をイメージすると。瀉血の後、両極端ですが、多幸感に包まれる人と、極度の疲労を感じる人がいるそうです。この後、ヒルデガルトの薬草療法は、その効果が高まります。なので、飲み物はスペルト小麦コーヒーとフェンネル茶。食事も果物(焼きりんご・煮たマルメロ)と蒸した野菜(フェンネル、栗、人参、セロリ、カボチャ、レッドビーツなど)、スペルト小麦のおかゆが出されます。体の回復のためにチキンのスープもおすすめだそうです。また、『自然学』に出てくる薬石やハーブを使ったマッサージ、乱切、吸い玉、そして焼灼しょうしゃく(お灸?)もよいと。「施術者に判断能力があれば高齢者によりよい」「アザミや麻の髄、亜麻の布屑で行い、鉄の焼きゴテは避ける」。自然学に「ヨモギをつぶしてハチミツを混ぜたものを患部に塗るとよい」とあるので、もぐさを使う療法士の方も。他にも、「燻薬」として「フェンネル1に対してディル4の粉末を火で熱した煉瓦の上に置いて薫香とし、その煙を鼻から吸うと、鼻水によい」「フランキンセンス(乳香)の香りは、脳を浄化し眼をはれやかにする。乳香の煙を難聴の耳に入れる」。薬草を燃やした薫香の処方があります。

香しい薫りと共に、安寧とご健勝を祈ります。

イタリアローマの教会の薬事展示の瀉血道具

<参考文献>
・ 医療と身体の図像学 久木田 直江著(知泉書館 2014年)
・ 中世の医学 シッパーゲス著(人文書院 1988年)
・ 聖ヒルデガルトの『病因と治療』を読む 臼田夜半著(ポット出版プラス 2018年)

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー
長谷川弘江 はせがわひろえ
ヒルデガルトフォーラム・ジャパン副代表。英国ハーブ医学校通信課程修了。ハーブ医学とヒポクラテス、ディオスコリデス、プリニウス、パラケルスス研究の大槻真一郎氏、ドイツハイルプラクティカー連盟(BDH)副会長・民族医療協会"Gyu zhi"主宰ペーター・ゲルマン氏に師事。伝承と身近な植物のルネサンスをテーマに活動中。『ヒルデガルトの宝石論―神秘の宝石療法(ヒーリング錬金術)』大槻真一郎著(コスモスライブラリー)で解説を執筆する他、著書多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第58号 2021年12月