2021.6.3.

ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(9)ヒルデガルトの音楽

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー

長谷川弘江

ヒルデガルトミュージアムのステンドグラス

聖ヒルデガルトの遺産の一つに音楽があります。中世の修道士は教会から義務づけられた定時の勤めとして、祈りと歌を神に捧げました。古楽とは中世、ルネサンス、バロック時代の音楽を指していましたが、 現在では「その作品が作られた当時の楽器と奏法を用い、その時代の響きと美学を追求した演奏(による音楽)」 と定義できるそうです。彼女の音楽は旋法に基づいたグレゴリオ聖歌などに比べると独創感にあふれ、神秘性に満ちています。また、詩も自身が書き、シンガーソングライターともいえるでしょう。彼女が見聞きした幻視を書き留める行為でした。

作品は77曲にのぼり、半分以上が毎日の聖務日課で歌われるアンティフォナ(交唱)、続いてレスポンソリウム(応唱)、イムヌス(讃歌)、フレーズが繰り返される当時新しかったセクエンツィア(続唱)など、キリスト教におけるのための作品が大半を占めます。写本の一つ、『Riesencodex 巨大写本』の最後を飾る大作は、音楽劇《Ordo Virtutum》です。現存するヨーロッパ最古ともいうこの劇は16人の美徳と1人の人の魂、反する存在の悪魔による18人で演じられます。16人の美徳(へりくだり、愛、神への畏怖、服従、信仰、希望、貞潔、無垢、規律、恥らい、世俗軽視、慈悲、天上の愛、勝利、識別力、忍耐)が、悪魔に惹かれて堕落する魂を改心させ、励まし、ふたたび正道に戻し悪魔をとらえることが物語のテーマです。その中で悪魔は唄えません。台詞のみで甘いささやきで徳の衣装を脱ぐように誘惑します。最後は、神の導きにより人と美徳は勝利を歌います。

聖ヒルデガルトを擁護したクレルヴォーの聖ベルナールはこう書き残しています。

「歌はやさしくあるべきで、心を感動させ、悲しみを和らげ、怒りを鎮めるものでなくてはならない。歌詞の内容を空虚にせず、実り豊かにすべき」。

(Gerges Duby P88)

また、

「…多くのものの声のようなざわめきが起こりました。それは、人々を助けるための諸徳の励ましの声と、悪魔の策略の攻撃を受けている人々の逆らいの声です。諸徳は悪魔を抑え、人間は神の導きによってついに悔い改めます」。

聖ヒルデガルトはこう述べ、続いて幻視した魂と徳たちの模様を『道を知れ』に書き残します。修道院長であったヒルデガルトは、自身の修道女たちを率い彼女らによって演奏され、悪魔役は秘書であった修道士フォルマールによって演じられたのではと。

「歌う」という行為、又は音楽は神聖なものでした。聖ヒルデガルトの音楽は、彼女のベネディクト会の生き方の背景なしでは語れません。彼女にとってこの世で与えられた自らの「肉体」とは自然を神から受信する器だったのかもしれません。彼女は言います。「神のみ業をなしとげんとする者は、人が土の器であることをいつも心に刻んでいなさい。自分が土くれであることをしっかりと見つめなさい。ラッパは音を出しますが曲を奏でることはできません。他者がラッパを吹くと音楽が奏でられるのと同じなのです。ですから、おだやかに、やさしく、貧しく、憐れみ深い人々が信仰の鎧を身に着けますように。ラッパの音色であるところの、あの仔羊のさまのように。神は神のラッパを勝手に吹く者を必ず懲らしめ、土の器がこわれないよう、それがよろこびの種になるよう、気を配っていらっしゃいます」と。聖ヒルデガルトの神の土の器としての肉体には、神の音、神の歌が宿り、その音楽が次々とあふれ出したのでしょう。彼女の幻視は時を超え、私たちの生きる現在、そして未来へと広がっていきます。

Youtubeにはたくさんの聖ヒルデガルトの曲がアップされ、ロン・ハワード監督の『ビューティフル・マインド』(2001年)、カルロス・カレラ監督『アマロ神父の罪』(2002年)の映画音楽にも使われます。またツインピークスで有名なデヴィッド・リンチが製作した『Lux Vivens(Living Light)』などインスパイアされた作品などCDも数多く出ています。

私はベルリンでブルトマン先生、フランスで聖ヒルデガルトのコンプリート9枚組を出した「Sequentia」の一員であるMourot先生の音楽ワークショップに参加しました(http://www.gaby-bultmann.de/)。日本でも中世音楽センター、ソプラノの佐藤裕希恵さん、ライアー奏者の三野友子さん、Sally Lunn(サリー・ラン)さん、古楽歌手の花井尚美さん率いる中世女声アンサンブル Lux vivensでは《ヒルデガルトを歌おう》開催中だそうで、日本でも聖ヒルデガルトの歌曲を大切に歌っている方が増えています。彼女の歌は音域が広く歌うと身体が調整される感じがあると。劇中修道女たちに白いベールと宝石で身を飾り、「キリストの花嫁」として美しさを表現させます。そして薬草の香りや薬草ワインと女性の声である歌は、今でいう五感の癒しを体現しているように思います。

感謝と共に、ご加護祈ります。

参考文献

  • 鎌田東二編『身心変容と医療/表現〜近代と伝統』 (JMAM2021年)
  • ペルヌー著『ビンゲンのヒルデガルト—現代に響く声 』(聖母文庫2012年)
  • ドロンケ著『中世ヨーロッパの歌』(水声社2004年)

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー
長谷川弘江 はせがわひろえ
ヒルデガルトフォーラム・ジャパン副代表。英国ハーブ医学校通信課程修了。ハーブ医学とヒポクラテス、ディオスコリデス、プリニウス、パラケルスス研究の大槻真一郎氏、ドイツハイルプラクティカー連盟(BDH)副会長・民族医療協会"Gyu zhi"主宰ペーター・ゲルマン氏に師事。伝承と身近な植物のルネサンスをテーマに活動中。『ヒルデガルトの宝石論―神秘の宝石療法(ヒーリング錬金術)』大槻真一郎著(コスモスライブラリー)で解説を執筆する他、著書多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第56号 2021年6月