2021.1.16

ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(5) 病因と治療

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー

長谷川弘江

毎日、新型コロナウィルスに関するニュースで世界の情勢が見聞きでき、ストレスが心配されます。一日も早い収束とご健勝を祈るばかりです。私の恩師、ペーター・ゲルマン先生も、WEBセミナーや PhytAroというFacebookページで自然療法のレシピを紹介しています。実際に植物に触れ、じっくり見つめて、嗅いで、口にして味わい、その緑の力が私たちの身体の中でどう流れて作用し、臓器と心に広がっていくか感性を研ぎ澄ます。聖ヒルデガルトも五感について何度も書き残しています。「目をとおしては色彩やシンボル、耳をとおしては音や響き。鼻は香りや匂い、舌は味と言葉、皮膚をとおして触覚などの喜びを」(大槻真一郎著『ヒルデガルトの宝石論』より)。今回は、聖ヒルデガルトの著作『病因と治療』から彼女の実践的な治療についてご紹介します。

写本

日本語訳も発刊された『病因と治療』は、有名な『自然学』と同じ時期に書かれ、聖ヒルデガルトの中では区別はなく、写されていく間に「単純医学の書」と「複合医学の書」に分かれたというのが通説です。動植物・鉱物の事典のような「自然学」に比べ、人の本性と彼女独特の神学から始まる治療書は、少し複雑な処方もあり、古代の医学書と比べイラストもないため、1859年コペンハーゲン王立図書館で発見されるまで忘れられていました。

『図説医学史』の著者ズドーホフは、「これらは12世紀修道院医学の最後の成果である」と。生まれてからずっと痛みに苦しんだ病人としての聖ヒルデガルトが病とは何か、この私の病気は私のせいなのか、と答えを探している様子も読みとれます。その全体的(ホリステッィク)な考察は、世界・元素・惑星・自然から始まり、体液論・受胎論、具体的な処方という構成です。
「神の啓示による以下の治療法」と何度もあるのが神の幻視を見た彼女独特といえるでしょう。最終作『神の御業の書』に「胃は世界の素材を交換する中心であり、胃は宇宙の受容力と呼べる」と書いたほど、食養生と断食、ハーブ処方を大切にしていました。また、当時の医療の瀉血や吸い玉、乱切法、焼灼法についても細かく書いています。ただ、彼女ならではのやりすぎないよう、患者を傷つけないようという配慮の言葉を見ることができ、瀉血もバラのとげのような針で少量、満月から欠け始める2日目から6日目までにするとあります。

ペーター先生、デュマン先生の治療院で、ヒルデガルト式断食や瀉血療法があります。ドイツでは月の暦での農法がシュタイナー、バイオダイナミクス農法と呼ばれ暦が売られています。

『聖ヒルデガルトの病因と治療』より BOOK II

Rupertsberg 修道院跡地ミュージアム

77:月が満月に向かう時、血液は増加し月が小さくなる時、人の血は減少する。

79:木を植えたり剪定するには欠けゆく時期が安定している。減少する樹液は月が満ちるに 従い増加する。

80:よいハーブとは月が満ちてゆく時の薬効が高まった頃に採ったものがよい。この時期のハーブは舐剤や軟膏と薬用に向く。月が欠けていく頃に採った野菜、果物、塗擦された肉は食用によい。

116:絶食したあとはまず穀物や小麦粉を原料とした食べ物を摂る。胃が温まるように最初は温かくしたものを食べなさい。健康な人は、正午頃まで食べないほうが消化によく健康によい。虚弱な人は朝食を食べなさい。

117:夏、冷たいものを食べすぎず、小食を守れば健康でいられる。冬、たくさん食べるのは健康にかなっているが水分の摂りすぎに注意しなさい。夏場はぬるい水を適量飲み、散歩がよい。虚弱な人は夏、水で割ったワインかビールを飲むとよい。

135:麻痺によって衰弱、体液の暴走に悩まされる人は、身近で効き目のあるハーブの粉末や、甘い香りのスパイスが有効である。それらの甘い香りが、体液から出る毒の含んだ蒸気を抑え弱めてくれる。

165食養生:赤子や子ども、老衰した人は飲食物の補給は必要不可欠である。人は大地のようなものである。程よい水分量が健康の助けとなる。

Rupertsberg 修道院跡地ミュージアム

BOOK III

192食養生2:病気の症状が緩和したら、薄い粥に浸した小麦パンを食べる。若鶏・豚、好ましい肉を食べてもよい。焼き梨以外の牛、魚、生もの、チーズ、生野菜、果物も避ける。ワインは適量。こうした食養生を3日間続ける。

195健忘症:物忘れには、イラクサをすりつぶしたものに少量のオリーブオイルを加えたものを寝る前に胸と額に塗るとよい。

196毒に対して:4月半ばの昼間、ゼラニウム1本の根と葉、マロウ2本の根と葉、オオバコ7本の根と葉を土の上に置き少しの水をかけて陽に当てる。次の日も陽に当て真夜中、指でつぶし小箱に入れ、ハーブの香りを消さないくらいの樹脂を入れて保存する。このハーブの香りは病気を追い払い、健康を維持する。

河のほとりミュージアム2階の展示

197怒りと悲しみ:ワインを温め冷たい水で割ったものを飲みなさい。黒胆汁の蒸気を抑える。

中世は眼のかすみから病気が悪化するとも考えられていたので瞳の色別の処方もあります。ぜひ、読んでいただけると嬉しく思います。感謝と共に。

[参考文献]
『聖ヒルデガルトの病因と治療』ヒルデガルト・フォン・ビンゲン著 , (臼田夜半訳)(ポット出版,2014年)
『Ursprung und Behandlung der Krankheiten:Causae et Curae』 大槻真一郎抄訳

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー
長谷川弘江 はせがわひろえ
ヒルデガルトフォーラム・ジャパン副代表。英国ハーブ医学校通信課程修了。ハーブ医学とヒポクラテス、ディオスコリデス、プリニウス、パラケルスス研究の大槻真一郎氏、ドイツハイルプラクティカー連盟(BDH)副会長・民族医療協会"Gyu zhi"主宰ペーター・ゲルマン氏に師事。伝承と身近な植物のルネサンスをテーマに活動中。『ヒルデガルトの宝石論―神秘の宝石療法(ヒーリング錬金術)』大槻真一郎著(コスモスライブラリー)で解説を執筆する他、著書多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第52号 2020年6月