2017.9.1

セージ(薬用サルビア)

文筆家(木の文化研究)

杉原梨江子

チェリーセージ

Salviaofficinalisシソ科・多年草
──シンボル:救済、長寿、慎ましさ

「セージが育つ場所で人はどうして死ぬことができようか」(『サレルノ養生訓』)と、アラビアの格言にあるように、古代から信頼されてきたハーブのひとつ。多岐にわたる神話がその治癒力を物語っています。

セージが繁る道は勝利への道──古代ローマ

心も体も癒す優れた薬効から、古代ギリシャ・ローマ時代から重宝されたセージ。古代ローマ帝国の軍隊がブリテン島に渡ったとき、セージの種を蒔きながら行軍したといいます。そのため、セージが繁る道はローマ兵が通った跡と伝えられ、勝利を導く植物と親しまれるようになりました。

花は小さいですが、紫、白、青などすがすがしい色で、強い香りを放ちますね。枝葉は切っても萎れにくいため、悲しみに打ちひしがれた人にセージの花束を贈るとその清らかな香りで苦痛をやわらげる、癒しのハーブにもなりました。

世界の救済をもたらすハーブ──キリスト教

キリスト教の時代になってもセージの効力は変わりませんでした。多くの聖なる木や花─サンザシ(ホーソン)、リンゴ、イチジクなど─が自然信仰を排除する動きから、「悪」の象徴となっていった時代、セージは聖母マリアや洗礼者ヨハネの持ち物となり、人を救う植物としての地位を失うことなく、存在しました。中世の修道院の薬草園でも大切に育てられたハーブのひとつですね。優れた薬効の賜物でしょう。

聖母マリアはエジプト脱出のとき、ヘロデ王の追っ手から幼子イエスを隠す場所として、セージの繁みを選び、このハーブに感謝の祈りを捧げました。それ以来、セージはマリアの「慈愛と感謝」のシンボルです。イエス・キリストとともに、「世界の救済」を象徴するハーブでもあります。

メディカルハーブの種類とは異なりますが、セージの一種S.judaicaは旧訳聖書『出エジプト記』に登場するユダヤ教のシンボル、七枝の燭台(メノラー)の起源とされています。パレスチナの山や丘に自生するセージの花穂の様子が、7本の枝に分かれた燭台と似ていることから、モデルにしたのではと考えられています。

セージの妖精のひそやかな恋──西欧の伝説

西欧にはこんな儚い恋の伝説があります。

セージの妖精が泉のそばに立つオークの木の洞(うろ)の中に棲んでいました。妖精は慎ましやかで美しく、誰よりも控えめで、優しい娘でした。鮮やかな花に嫉妬することもなければ、泉に映る自分の姿にうぬぼれることもないのです。ある日、森の中へ、ひとりの王子が狩りにやってきました。王子はオークの木のそばにひっそりと佇む妖精の姿にひと目で恋してしまいます。妖精はそれまで一度も人間と会ったことがありませんでしたが、まっすぐに自分を見つめる王子の瞳の美しさに心惹かれます。しかし、妖精が人間と愛し合うことは死を意味しました。王子が妖精に手を差し伸べ抱き締めると、妖精はその愛撫に答えながらも、やがて首をがっくりと垂れました。妖精は激しい情熱に耐えきれなかったのです。驚いた王子は泉の水を口に含ませますが、すでに息絶えていました。王子は涙を流し、嘆きながら森を去って行きました。恋は儚く散りましたが、翌年の春、妖精は再び目を覚まし、今もひっそりと森で咲いています。

この物語を読むといつも、セージの香りが漂ってくるのを感じます。花は小さく、葉も目立つ姿はしていませんが、香りが忘れがたい印象を残す、心地いい余韻。セージの妖精が死してなお再び蘇り、命の営みを繰り返すように、神話の時代から現代まで受け継がれるセージの治癒力……。

庭にセージがよく繁る家はかかあ天下

一般家庭では「家族の幸福」のシンボル。「庭にセージがよく繁る家はかかあ天下」といわれてきました。セージを使った料理で家族みんな医者いらず、しっかりと家を守る女性のたくましさがセージの薬効や繁茂力を思わせるからでしょうか。香りの強さから、イヤな人間を遠ざける魔除け、病気やケガなどの災厄から守護するハーブとしても信頼されました。こうしたセージの力はやがて、強い抗酸化作用、抗菌効果など科学的にも証明されていきましたね。

属名[Salvia(サルヴィア)]はラテン語で「健康な」また「私は救う」という語に関連する言葉から。
種小名[officinalis(オフィキナリス)]は「薬用の」という意味。古来、健康と長寿をもたらす薬草として信頼されてきた歴史が名前にも反映されているのです。

ガラティニカセージ

セージの天ぷら、じゃがバター葉っぱ入り

家庭で気軽に楽しむとしたら、ドライセージでお茶するのもいいですが、私は生で料理に使うのが好きです。一番簡単なのはセージの天ぷら。葉の裏側に天ぷら液をつけて、オリーブ油でさっと揚げます。じゃがバターを作るとき、細かくちぎったセージの葉を熱々のじゃがいもにバターと一緒に混ぜるだけでOK。かぼちゃやさつまいもでもおススメです。さわやかな香り漂う長寿レシピ。作ってみてはいかがですか。

さまざまな病気に役立つ自然の常備薬──古代の植物療法

ハーブを通して、神話の世界を彷徨っていると、魔法の草木や花をメディカルハーブへと、そして医薬品へと進歩させてきた医師、薬剤師、本草学者、科学者の方々に敬意を表さずにはいられません。

時代をさかのぼれば、古代インドのアーユルヴェーダの植物。古代ローマの医師・植物学者であるディオスコリデス(40頃-90頃)は『薬物誌』3巻の中で、女性のさまざまな病気に役立つと記しています。中世ではセージは「寿命を延ばす」と信じられ、中世ドイツの聖女ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)は『Physica』で、ワインで煮たセージ汁をたびたび飲むと、邪悪な毒を含んだ体液や粘液が消えていくと伝えています。

(参考文献)

  1. C.M.スキナー著,花の神話と伝説,八坂書房
  2. 春山行夫著,花ことば,平凡社
  3. 大槻真一郎,尾﨑由紀子共著,ハーブ学名語,源事典,東京堂出版
  4. ヨハネス・G・マイヤー他著,修道院の薬草箱,フレグランスジャーナル社
文筆家(木の文化研究)
杉原梨江子 すぎはら りえこ
文筆家。JAMHA認定ハーバルセラピスト、AEAJ認定アロマテラピーインストラクター、日本文藝家協会会員。日本、世界の木にまつわる伝承や神話、思想を中心に、植物と人間との交流の歴史を研究。著書『神話と伝説にみる花のシンボル事典』(説話社)、『被爆樹巡礼~原爆から蘇ったヒロシマの木と証言者の記憶』『古代ケルト聖なる樹の教え』(共に実業之日本社)ほか。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月