2023.6.30

亜熱帯から花便り: ヒスイカズラ(翡翠葛)

株式会社川平ファーム代表 石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト

橋爪雅彦

南の島の花便り

花の中では珍しいターコイズブルー色のヒスイカズラ(翡翠葛)。この花は沖縄でも近年大変注目され始めており、この項にも何度か顔を出していますが、改めてもう少し深く掘り下げてみましょう。

ヒスイカズラは植物学上の分類ではマメ科(マメ亜科)のヒスイカズラ属で、学名はStrongylodon macrobotrys。「Strongylodon」は古代ギリシャ語の「strongyro(円い)」と「odon(歯)」の合成語です。ガクが丸い歯のような形状であることに由来しています。

「macrobotrys」は「大きい」や「長い」を意味する「makros」と、古代ギリシア語で「ぶどうの房」を意味する「botrys」の2語からなり、長い房という意味で、ヒスイカズラの花房が、1〜2mに達するほど長いことに由来しています。

別名は「ジェードバイン(Jade Vine=翡翠蔓)」とも呼ばれ、フィリピン・ルソン島やミンドロ島に自生します。山間部の渓谷沿いの熱帯雨林に生える常緑蔓性植物で、その花の色と形状から「世界で最も美しい花」の候補ともいわれ、人気急上昇の熱帯植物です。

しかし、近年原産地では環境の悪化もあって数が減少しており、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにも登録されています。

ヒスイカズラの開花時期は、2月下旬から5月。開花時期自体は長いのですが、何回かのピークに分かれます。花の形はマメ科でよく見られる蝶形花ですが、花弁の形が鉤爪状で花弁が羽を折りたたんだ蝶にも例えられるような、個性的な外観をしています。

この花は逆さまに吊り下がるように咲いており、節ごとに数個の花が輪状につき、1本の花序に100~300ほどの花が咲くといわれています。ただ、施肥の具合によっては自然界では見られない700を超す花が咲いた例が私のガーデンでもあります。上のほうから順に開花していきますが、1つの花の開花は数日という短い期間で、開花すると花色も独特のブルーグリーン色から薄紫色へと変化し、ポトポトと落ちていきます。

原産地ではヒスイカズラの受粉を媒介しているのは、オオコウモリです。この花は旗弁の基部にたくさんの蜜を貯めています。この花は自家受粉しません。雌しべの先端にはクチクラ質のドーム状のキャップがヘルメットのように被っており、この状態のまま花粉と接触しても受粉できないようになっているそうで、オオコウモリが花の蜜を吸う際に、翼弁を圧迫すると龍骨弁の先から雄しべと雌しべが顔を出します。

その際にオオコウモリの頭に花粉が付着し、雌しべのキャップを弾き飛ばします。花から花へ次から次へと吸蜜する際に受粉が行われるようですが、自然界でも受粉の確率はとても低いといわれています。八重山にはオオコウモリがいますが、残念ながらまだこの花の蜜の味を知らないため、多くのメジロだけが吸蜜にきます。そのため、まだ種を見たことはありません。

ヒスイカズラ蜜

ヒスイカズラ メジロ吸蜜

この時期になると全国の植物園などの温室から、一斉に「翡翠葛が開花しました」との情報がSNSなどで発信されます。ただ、沖縄では室内ではなく露地で環境が原産地に近いため、植物園や公園はもとより一般家庭の庭でもこの翡翠色の花が楽しめます。

国内の多くの植物園で見られますが、自然界では1本の株は高さ20m横方向には30m以上も蔓を伸ばすといわれ、露地栽培が可能な沖縄では、翡翠色の花房が千本以上も下がる大変ボリュームのある藤棚のような風景がそこかしこで見られるため、近年は見頃の時期には内地からわざわざ沖縄までこの花を見に旅行してくる方も増えています。

この色を「押し花にして花色を保存したい」と思う人も多いのですが、残念ながらヒスイカズラは自然の状態では数日、ドライフラワーにしても数ヶ月で退色してしまいます。ヒスイカズラの花はオウムのくちばしのような形をしています。これを交互に重ね合わせるように糸に通していくと、とてもゴージャスなレイができ上がります。

また、この独特の形をした花を使って様々な模様を描くフラワーアートが楽しまれています。ただ、残念ながらいずれも数日間の楽しみです。

ヒスイカズラアート

花言葉は「私を忘れないで」ですが、恐らく一度この花を見たら、忘れる人はいないでしょう。

このヒスイカズラの宝石のような美しい青緑色の花色は、コウモリが好む色だそうで、花弁にアントシアニンとフラボンが1:9の比率で同時に存在することから、見られる美しい色調です。

ヒスイカズラにはよく似た花がいくつかあります。レッドジェードバインと呼ばれるムクナ・ベネッティー(Mucuna bennettii)は緋色のヒスイカズラといわれ、花の形状や樹形もほとんどヒスイカズラと変わりません。未だ沖縄でもほとんど見られませんが、塩害に強いといわれるので海に囲まれた、沖縄でも栽培が増えそうです。

ムクナ・ベネッティー

沖縄で自生している仲間でも近い種が幾つかあります。カショウクズマメ(火焼葛豆)(Mucuna membraacea)八重山でも春先に道路脇や林縁で暗紫色の大きな花のかたまりがいくつもぶら下がっているのを目にします。

カショウクズマメ

イルカンダ(色葛)(Mucuna macrocarpa)、和名は沖縄での呼び名をそのままつけたもので、葛に似た葉で新芽が赤味を帯びることが由来。幹から直接暗紫色のたくさんの花のかたまりを下げます。

イルカンダ

ワニグチモダマ(鰐口藻玉)(Mucuna gigantea)の葉は、葛の葉同様小葉が3個集まり掌状に広がります。八重山と小笠原の海岸近くの林の中だけに見られる、黄緑色の花です。

ワニグチモダマ

ヒスイカズラを見た方の多くが、植物ではほとんど見られないその色とボリュームのある花房に圧倒され感動していきます。

エメラルド色の海に囲まれた石垣島に咲くターコイズブルーのヒスイカズラ。国内で最も早く咲くヒスイカズラ。この号が発行される頃にはシーズンは終わっていますが、来年の3月頃、石垣ブルーの世界へぜひお越しください。

株式会社川平ファーム代表 石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト
橋爪雅彦 はしづめまさひこ
東京都立園芸高等学校卒業。学研の図鑑・東京大学出版会・誠文堂新光社(ガーデンライフ)・東京書籍生物教科書の図版及び科学論文などのイラスト担当。大阪花博東日本イベント総合プロデュース。国立博物館監修『原色日本のラン』執筆のため、東京より石垣島に移住。石垣市川平において「川平ファーム」としてパッションフルーツの加工を始める。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第64号 2023年6月