2021.1.22

大地のささやきを聴く

京都薬科大学 名誉教授

吉川雅之

はじめに

人は古くから病気や傷を治したり、痛みを和らげたりするために草根木皮などの身近な天然物を試してきました。数多くの天然物の中から永年の人体への使用経験を経て有効なものが取捨選択され、現代に伝承されています。その多くは、メディカルハーブとして医療に重要な役割を果たすと共に、食品や香粧品、農薬などとしても幅広く利用されています。

メディカルハーブは薬効が伝承されているので伝承薬物と呼ばれたり、天然物に由来するので天然医薬品とも呼ばれます。また、漢方や中国伝統医学(中医学)ではメディカルハーブを和漢薬や生薬と称しています。

今日の創薬における基礎的な知見の多くは、メディカルハーブの有効成分を解明する過程で得られており、また、メディカルハーブの有効成分が重要な機能を有する医薬品のリードやシーズ化合物になっています。このように、メディカルハーブは現代医薬のルーツであり、人類の貴重な財産ということができます。

しかし、これまでに多くの研究者がメディカルハーブの研究を進めてきましたが、伝承薬効が薬理的に確認されていない場合や、有効成分が未詳の場合など不明な点も多く残されており、一層の科学的解明が待たれています。

筆者らは、自然からの贈り物であるメディカルハーブについて本草書(昔のメディカルハーブ専門書)などの資料を調査して、メディカルハーブが人々に見出されてきた歴史をひも解き、現地調査を要に据えて“ 大地のささやき”といえる由来や伝承に真摯に耳を傾けて研究を進めてきました。本稿では“自然に学ぶ”をモットーにして取り組んできたメディカルハーブに関する筆者らの研究を紹介します。

医食同源“食物に薬効を期待する”

漢方や中医学で用いられるメディカルハーブ(生薬)の原点を、約2000年前の本草書『神農本草経しんのうほんぞうきょう』に見ることができます。この書物には、今日でも繁用されている重要生薬が収載されており、それらは上、中、下薬の3種類に分類されています。上薬(上品)は「くん」と表現される最も重要な薬で、無毒なので長期連用が可能。不老、延年の薬とされます。上薬には胡麻や山薬(ヤマノイモ根茎)などの食物的要素の強い生薬が多く収載されています。

また、和漢薬をはじめ世界の伝統医薬品の中には、食用にも供されるものが数多く存在することから、生薬は食物から見出されたと考えられています。食物的な生薬を「君」としたことや、食物から生薬が見出されたことから医食同源という言葉が生まれたと考えます。

中医学では、理想の医療とは病気になってから薬で治療することではなく、病気にさせないことと考えられています。秦・漢時代の医学書『黄帝内経こうていだいけい』の「素問」には“ 聖人は已に病みたるを治さず、未だ病まざるを治す”とあり、予防的な医療を重視し、名医は未病を治す医者とされています。古代中国の周時代の様々な制度を記した法律書『周礼しゅうらい』には、医者を食医、疾医(内科医)、傷医(外科医)、獣医の4クラスに分け、食医を最高の医者としています。

中医学では、食物にも「陰陽五行説」に基づいた食能や食性と食味(性味)が知られており、性味は五味五性(または四気五味)に分類されています。これらの性味と食能を組み合わせて薬膳料理が作られると共に、病気予防、健康維持(食養)および治療効果(食療)を高める助言や指導が行われていました。

筆者らは、食経験のある生薬や薬効が期待できる食物などを薬用食品と呼んで研究を進めました。薬用食品の成分には、合成医薬品のような切れ味の鋭く、作用点や作用機序が単純化された薬効は少ないと考えられますが、副作用がなくホメオスタシス(恒常性) を助長するような病気予防や健康維持また治癒促進などに役立つ多面的で穏やかな薬効が期待されます。

次回から個々の薬用食品の由来や薬効、成分などについてご報告します。

京都薬科大学 名誉教授
吉川雅之 よしかわまさゆき
当協会顧問。1976年大阪大学大学院薬学研究科修了(薬学博士)後、同大学助教授、ハーバード大学化学科博士研究員、京都薬科大学教授を経て、現在同大学名誉教授。日本薬学会奨励賞、同学術貢献賞、日本生薬学会学会賞など受賞。日本生薬学会会長、日本薬学会生薬天然物部会長などを歴任。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第44号 2018年6月