2020.12.17

冬は虫の状態で、夏には草になる冬虫夏草トウチュウカソウ

京都薬科大学 名誉教授 当協会顧問

吉川 雅之

はじめに

冬虫夏草は、鱗翅目りんしもく昆虫のコウモリガ科オオコウモリガの幼虫にバッカクキン科のフユムシナツクサタケ(冬虫夏草菌)というキノコの一種が寄生して、子実体(キノコの傘と柄の部分)が出たものを指します。冬虫夏草という奇妙な名前は以下の生態に由来します。冬の間にオオコウモリガの幼虫が冬虫夏草菌に感染し、菌糸が徐々に体内に充満して宿主の幼虫は死にますが、 春になると(旧暦では夏の頃になります)虫体の頭部から冬虫夏草菌の子実体が伸び出ます。それで冬は虫の状態で、夏には草(キノコ)になることから冬虫夏草と呼ばれました。

冬虫夏草は古い歴史のある中国の生薬の中では比較的新しいもので、清の時代の『本草従新ほんぞうじゅうしん』(呉儀洛ごぎらく 選、清時代、1757年)に収載されたのが最初です。次いで『本草綱目拾遺ほんぞうこうもくしゅうい』(趙学敏ちょうがくびん選、清時代、1765年)などの本草書に紹介されていました。それらの本草書に記載されている伝承薬効を纏めますと、慢性疲労、精力減退、喘息、喀血かっけつ、 老化などに適用して滋養強壮、病後の改善、鎮咳、免疫増強効果などが期待されます。


冬虫夏草(製品)

冬虫夏草(製品)

チベット高原で冬虫夏草を探す

冬虫夏草の薬効研究として、①腎臓の線維化及び炎症を抑制するなど腎臓の保護作用、②紫外線によるDNAの損傷を抑制し皮膚の保護作用、③抗ストレス効果や抗うつ作用、④放射線暴露による免疫細胞の減少抑制作用などが報告されています。含有成分としては、エルゴステロールやコルジセピン、D-マンニトールなどが判明していました。筆者らは中国の瀋陽薬科大学と冬虫夏草菌の人工培養とその機能性に関して共同研究を進めておりまして、培養物のエキスにがん細胞の増殖抑制作用とアポトーシス誘導活性を見出しました。また、活性成分としてコルジセピンの他に、 エルゴステロールの酸素付加体やエポキシ体を明らかにしました。しかし、さらに研究を進めるにあたっては、真正の冬虫夏草菌であることを同定確認する必要が生じました。冬虫夏草は、中国の青海、四川省からチベット自治区にかけての3,000~4,000m級のチベット高原に産するものが良品 とされていました。たまたま青海大学からの研究者が近畿大学薬学部に在籍しており、近畿大学(村岡修教授)との共同研究により青海省での冬虫夏草の資源調査を実施することができました。

上海経由で青海省西寧市に到着。青海大学や青海蔵医学院の研究者らとの研究計画と情報交換を行った後、観光客で賑わうラサ行きの天空列車をしり目に、車でチベット高原の採取地に 出向きました。早朝の暗いうちから出発し、空が白んでくると5月というのに車窓から急峻な雪山が目に飛び込んできました。車で悪路を4,000m近くまで一気に登ったせいで、筆者は気分が悪くなるなど体調不良を訴えましたが無視され、フラフラの状態で何とか雪の上に数張のテントの見える採取地の入り口に到着しました。テント内のストーブの前で休憩した後、今度は雪に覆われた斜面を徒歩にて登坂して“もう少しで到着する”というガイドの繰り返す言葉(うそ!)を信じてひたすら我慢を続け、ついに採取現場にたどり着きました。

標高4,000m近くでダウン(筆者,チベット高原にて)
チベット高原(青海省)の冬虫夏草の採取地
冬虫夏草を発見

冬虫夏草は、春の雪の残る岩山で子実体の先端が地表に出ているところを見つけ出す必要があります。表面の雪を払いながら、草混じりの岩肌に小さな子実体の芽を見つけるのは至難の業といえます。現地の採集者も家族総出であたりをつけた場所で雪をかき分けながら這い回って探しま すが、目のよい子どもの方が見つける確率は高いそうです。家族全員で1日数本見つかればよいほうということでして、素人の筆者らに見つかるはずがありません。青海大学のスタッフが取れたてを購入し、共同研究の材料としました。このようにして得られた真正の冬虫夏草から冬虫夏草菌(フユムシナツクサタケ)の菌糸体を分離して、ゲノムDNAの抽出、ITS領域 のPCR増幅、クローニング、塩基配列の解読、Blastによる相同性検索での同定を行いました。この結果、市販の冬虫夏草の品質評価を遺伝子レベルで実施することができ、セミタケなどの虫草類との区別が可能になると共に、冬虫夏草菌の量的な培養にも成功しました。


採取した冬虫夏草

おわりに

20年ほど前に、冬虫夏草を健康管理に取り入れていた馬軍団と呼ばれる中国の陸上競技選手たちが世界陸上競技会で次々と世界記録を塗り変えて優勝しました。選手の運動能力の開発に 貢献したのが冬虫夏草で、活躍の秘密兵器や原動力などと喧伝されたことから一躍その名前が 世界中に知れ渡りました。そのためか、冬虫夏草の価格が高騰し、最近では生薬1kg が市場価格で数百万円といわれています。しかし、冬虫夏草の有効性についての信頼できる知見はまだ十分でなく名前だけが先行しており、今後の更なる科学的研究の発展が必要であると思います。

京都薬科大学 名誉教授 当協会顧問
吉川 雅之 よしかわまさゆき
1976年大阪大学 大学院薬学研究科修了(薬学博士)後、同大学助教授、 ハーバード大学化学科博士研究員、京都薬科大学教授を経て、現在同大学名誉教授。日本薬学会奨励賞、同学術貢献賞、日本生薬学会学会賞など受賞。日本生薬学会会長、日本薬学会生薬天然物部会長などを歴任。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第49号 2019年9月