2020.12.27

糖尿病予防の機能性食品としてのサラシア

京都薬科大学 名誉教授

吉川雅之

はじめに

最近、糖尿病予防の機能性食品としてサラシアが注目されていますので、本稿ではサラシアを開発した経緯について紹介します。糖尿病といいますと、飽食の時代になって発症例が増えてきた病気と考えがちですが、実は古代エジプト時代から人類を苦しめてきた最も古い疾患の一つといえます。インド伝統医学のアーユルヴェーダでは、怠惰な生活を送る肥満したマハラジャの病気で、“Madhu Meha(マドゥメーハ)”と称され、約2000年前の医学書『チャラカサンヒター』には病態や原因が詳しく記載されています。また、アーユルヴェーダ医学で抗糖尿病効果が伝承されている生薬も種々知られておりますが、それらの科学的研究は十分でなく今日に残されておりました。

サラシア“コップがヒントに”

筆者らは、インド産生薬の文献調査において、アーユルヴェーダの大家 Desai (デサイ)師の著書の中に“Saptrangi (サプトランギ)”(七つの輪)と呼ばれる糖尿病の特効薬が存在することを知りました。この薬物は、デチンムル科のSalacia(= S.)属の常緑つる性の木本であるS. chinensisS.macrosperma という植物の根や茎の混合物でした。しかし、その文献資料の伝承薬効に関する記載は複雑で、主薬効が明確でなく具体的な用法や用量にも不明な点が多くありました。 それで、Salacia属植物に関する研究を始めるにあたりインドやスリランカでの現地調査が必要になりました。

写真1:Salacia属植物の茎

Salacia属植物は、インド南部地域とスリランカに数多く自生しておりますので、まずインド最南部のケーララ州とタミル・ナードウ州、次いでスリランカ北部地域を4回にわたって自生地をはじめ、アーユルヴェーダ病院や薬局 、生薬問屋でサンプル採取と薬効の聞き取り調査を行いました。その当時(1998~2009年頃)、スリランカは内戦状態が続いており、特に北部の ジャフナ半島一帯は“タミル・イーラム解放のトラ ”という独立派の本拠地になっておりました。それで、スリランカ中部から北部にある自生地の調査には10人ほどの武装した護衛をつけていただきました。また、コロンボ市内にも至る所にバリケードがあり、自爆車両が突っ込んだ事件のあった中央銀行や陸軍基地の前を車で通過するたびに、大砲やロケットランチャーの銃口を向けられるのには閉口しました。しかし、コロンボ市内の薬局で、Salacia属植物の太い根や茎をくり抜いて作った色々な形のコップを見つけました。

写真2:サラシアのコップ(スリランカ製)

このコップに水を入れて毎日飲む習慣が 健康によいとのことでした。現地の用法から、 Salacia属植物には糖尿病の治療よりも予防効果が期待できると考えました。

筆者らが研究を始めた頃には、すでにS.reticulataS.macrospermaなどの抽出エキスにstreptozotocin(ストレプトゾトシン)やalloxan(アロキサン)誘発糖尿病 モデルおよびブドウ糖負荷モデルにおける血糖上昇の抑制作用が国際専門誌に報告されていました。しかし、筆者らの詳細な追試実験の結果、これらの論文内容には再現性のないことが判明しました。それで、Salacia属植物に糖尿病の予防的な効果を期待して検討したところ、インドやスリランカ、更に東南アジアで採取した Salacia属植物のエキスに、ショ糖や麦芽糖などのオリゴ糖負荷モデルでのα-グルコシダーゼ阻害活性による糖吸収抑制効果を見出しました。活性成分として合成医薬品と同等の顕著なα-グルコシダーゼ阻害活性と新奇なチオ糖スルフォニウム構造を有するsalacinol (サラシノール)やneokotalanol (ネオコタラノール)などと命名した Salacia属植物のみに存在する8種の活性成分を明らかにしました。活性成分8種の LC-MS 定量法の開発による品質評価法の確立や毒性試験などの安全 性の確認と共に、軽度糖尿病患者をはじめ空腹時血糖値の糖尿病境界域および正常高値者ら糖尿病予備軍での臨床試験の結果などから 糖尿病の予防に有用な機能性食品“サラシア” を開発することができました。

salacinol などのサラシアの有効成分は、特異な構造によって腸管から吸収され難く、小腸粘膜の刷子縁膜(さっしえんまく)に長く存在して持続性の阻害活性を示すことが分かりました。さらに、8種の有効成分とそれらの類縁体の合成および in silico screeningの適用などの計算科学での検証などから活性発現の必須構造を明らかにするとともに、強力な活性を示す誘導体などを創製して新しい抗糖尿病薬シーズの開発研究を展開しています。

おわりに

今日、サラシアは抗糖尿病効果を期待した特定保健用食品や機能性表示食品などとして広く利用されるようになりました。その原材料として、スリランカやインドから野生のSalacia 属植物が輸入されておりましたが、乱伐などによる資源枯渇の問題が生じました。スリランカでは Salacia属植物の輸出が全面的に禁止され、インドでも輸出を栽培品に限定した州政府も出てきました。それで、筆者らは現地の研究者の協力のもとにSalacia属植物の優良品種の選定とともに、発芽法や挿し木法、取り木法による苗の作成などの栽培研究を行いました。Salacia属植物の大量栽培の試みはまだその途に就いたばかりですが着実に成果を上げておりサラシア資源の提供国の理解に寄与するものと期待しています。

京都薬科大学 名誉教授
吉川雅之 よしかわまさゆき
当協会顧問。1976年大阪大学大 学院薬学研究科修了(薬学博士)後、同大学助教授、ハー バード大学化学科博士研究員、京都薬科大学教授を経 て、現在同大学名誉教授。日本薬学会奨励賞、同学術貢 献賞、日本生薬学会学会賞など受賞。日本生薬学会会 長、日本薬学会生薬天然物部会長などを歴任。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第45号 2018年9月