2020.11.1.

亜熱帯から花便り #06 西表島に見られる野生ラン

株式会社川平ファーム代表 石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト

橋爪 雅彦

私が石垣島へ移住して、今年で30年になります。もともとは東京で生物画家として仕事をしていたのですが、当時出版社から依頼され『原色日本の野生ラン』の続編を描き始め、全国のフィールドへ行き現地で写生をしてきました。東京大学の故前川文夫名誉教授執筆の本編は昭和35年に出版され、名著として販売され続けていましたが、沖縄・小笠原返還前の著作だったため、続編では本編で描き残した種や沖縄・小笠原返還後の南西諸島の種を主に描いてきました。しかし特に八重山の情報が少なく10年以上通い続けても終わりが見えず、自分で探しながら描ききろうと、思い切って家族共々移住してきました。

沖縄県には100種を超える野生ランが生息しています。特に手つかずの自然が多い沖縄本島北部と沖縄最高峰がそびえる石垣島、東洋のガラパゴスと称される西表島に多くの野生ランを見ることができます。

イリオモテラン

代表的な種で、入面蘭と書きニュウメンランとも呼ばれています。戦後、学校の資金造成やマニアの山採りで石垣や西表ではほとんど見ることができず絶滅危惧種になってしまいました。ただ、十数年ほど前に尖閣列島の魚釣島に行く機会があり、360mの頂上付近の木には小さな実生株から一抱えほどもある大きな古株がたくさん着生していて驚きました。昔はこのような風景が石垣や西表の山中に見られたことが偲ばれます。

カクチョウラン

鶴頂蘭は国内最大の花をつける大型の蘭です。大きく目立つ花で群生することが多く、地元の農家などの話では「農作業の帰りに鎌で刈り取ってよく持って帰った」とのことですが、やはり乱獲され今では深い山中へ行かなければ見ることができなくなりました。山奥のやや湿気のある場所で群生することがあります。花が見事で東南アジアでは花壇などにも使われています。

ナリヤラン

西表島の旧成屋集落の名前を取ったランです。日当たりがよい草原にカトレアに似た鮮やかな花がまるで蝶が舞うように咲き競いますが、樹木が茂って日陰になると次第に目につかなくなります。以前、山火事があった場所で数年後に陽当たりのよい草原になった丘に数百の花が乱舞する様に感動しました。日当たりのよい環境が整うと芽生えてくるという習性があるようです。

アオイボクロ

その葉はのように丸い一枚の葉でヤエヤマクマガイソウという別名をもっています。多分個体数が最も多い野生ランで開花時期には地上葉はなくなり、7月の開花期には道路脇や樹林の下に大群生して緑色の小さな花を咲かせます。根はコロナウイルスのような形状をしており、で広がっていきます。最近イノシシが味を覚えたようで産地が荒らされるようになってきました。

キバナシュスラン

沖縄最高峰、といっても526mですが、その山の上部に生息するジュエルオーキッドの仲間です。20㎝ほどのこの花を見るにはかなりの労力を必要としますが、その愛らしさは出会った時の喜びを倍増させます。12月の開花期にはこの花を求めて登山するマニアが多く見られます。個体数も少なく特定国内希少種に指定されていますが、台湾では「金線蓮」という名称で研究され多くの効能が見出されて超高級な機能性食材として生食され、営利栽培が始まっています。また薬草茶としても販売されています。

タイワンアオイラン

純白に薄紅の線が入ったとても品がよい花を咲かせる大型のランです。屋久島と沖縄本島北部で確認されていましたが、近年は情報がなく絶滅種として扱われています。この絵は屋久島の川沿いに咲いていた個体を描いた物ですが、台風の増水により流されてしまい、国内での最後の記録になってしまいました。

コゴメキノエラン

木の枝に着生する小型のランです。我が国では奄美大島の湯湾岳に生育する希少な種として知られ、レッドデータブックでは絶滅危惧種の指定を受けていましたが、近年、園芸目的の乱獲がたたり、個体数が激減したことから、「国内希少野生動植物」の指定を受けました。奄美の固有種ということになっていますが、尖閣列島の魚釣島に行った際に、山の上部の木にたくさんの株が着生していました。魚釣島の海岸には今でも石垣の鰹節工場の跡が残っていますが、長年にわたり人の手が入ってない場所は昔日の風景をそのまま見ることができます。

コウトウヒスイラン

国内で唯一バンダの仲間です。石垣市内ではランの愛好家がたくさんいて、この花を競い合って栽培しています。この花は尖閣列島の魚釣島で過去に一株だけ確認記録があっただけで、実際の自生地は不明でした。ただフィリピンでは栽培されており漁師などが持ち帰ってきたという話も多くあり、市内で栽培されている株のほとんどはフィリピン産と思われます。私が魚釣島に上陸した際にも探してみましたが、西表蘭とコゴメキノエランばかりでこの種を見つけることはできませんでした。石垣では春先に庭の木に着生させたこのランをよく見かけます。よい香りと長期間にわたって咲く花はとても人気があります。

コウトウシラン

石垣の山間部の開けた草地でよく見ることができます。1mほどの高さに桃色の花を咲かせ、時には群生します。年間を通して花を見ることができ、民家の庭などでも栽培されています。沖縄ではコウトウという名前をつけた動植物が多く見られます。これは台湾の東南に位置する島で紅頭嶼(現在は海岸線の波打ち際まで胡蝶蘭が自生するため蘭嶼(Orchid Island)と改名)にちなんで名づけられています。

ジョウロウラン 上臈蘭。

上臈とは江戸幕府大奥の高級女官のことで、上流貴婦人の意味もあります。この花の雰囲気から故前川文夫東大名誉教授が命名したもので、高さ数㎝に満たない小さなランです。野生ランを撮影するために10年以上通った写真家が見つけることができずにいた幻のランですが、東京へ戻る前の飛行機の待ち時間に天然記念物のヤエヤマヤシ群落地を調査していた際に、落ち葉の陰にひっそりと咲いている淡い紫色の花を見つけました。周囲を見渡すと落ち葉に隠れるように其処此処に小さな貴婦人が立っていました。時間がなく標本用にと一株採取して、帰りの飛行機の中で描画。

野生ランの中にはエビネの根のように育毛剤として有名なものや、キバナシュスランのように機能性植物として有効利用される物が出てきました。これからも野生の植物から健康に有用な成分が数多く出てくるかもしれません。

株式会社川平ファーム代表 石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト
橋爪 雅彦 はしづめ・まさひこ
東京都立園芸高等学校卒業。学研の図鑑・東京大学出版会・誠文堂新光社(ガーデンライフ)・東京書籍生物教科書の図版及び科学論文などのイラスト担当。大阪花博東日本イベント総合プロデュース。国立博物館監修『原色日本のラン』執筆のため、東京より石垣島に移住。石垣市川平において「川平ファーム」としてパッションフルーツの加工を始める。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第53号 2020年9月