2020.12.1.

メディカルハーブの誕生 (1)

東京大学名誉教授 東京大学総合研究博物館特招研究員

大場秀章

メディカルハーブはいつ頃、その利用が始まり、治療薬として確立していったのだろうか。ひとくちにメディカルハーブといっても多種多様であり、その起源をひとつにまた、ひとりの人物に絞り込むことはできないかもしれない。今回はこの問題にメスを入れてみることにしよう。

個人的な体験だが、最初のヒマラヤへの植物調査に出かけた1972年ではなかっただろうか。キャンプする場所がなく、とある集落の共同の空き地を借りてテントを張ったことがある。日中の調査に疲れて夜はよく眠る毎日だったが、その晩はほとんど眠れなかった。ジャングリというそうだが、一晩中、祈祷師が大声で病気治癒を祈願して祈祷を行っていたためだ。声だけならまだしも、たいへん賑やかな楽器を叩きながら、叫ぶように祈祷を続けるのだ。

これは祈祷だが、その他に呪術、妖術などの治療もある。何やら怪しげな行為によって病人を治癒させる方法である。治療や健康維持のために毒蛇エキスなどの汚物系薬物(岡部, 2006)を飲用することにはいまだ強い人気がある。確かに投薬も治療法のひとつだが、投薬が病気治療の唯一の方法だったのではないことに注意を払うことが必要である。

病気とは

メディカルハーブのメディカルとは、ラテン語、メディクス(medicus)から派生した形容語medicalisに由来するが、この語はさらに古い古代ギリシア語やインドのサンスクリット語に起源が求められるという。時代を下るに従い、魔法や治療、やがて医師あるいは薬用を意味するようになっていった。一方、ラテン語で治療する行為は、curo(英語のcureの語源)といい、この語には治療の意味のほかに、世話することや、気を使うこと、尽力すること、意を用いる、などと訳せる語義も併せもつ。言葉からも治療即医者による投薬ではなかったことが明らかである。

私たちの祖先が野生動物の一員として森林の辺縁で暮らしていた頃、周囲に存在するさまざまな動物や植物に強い関心を示したことが想起される。ヒトの身体 的特徴である発達した脳がそれらを認知し、記憶したのであろう。だが、ヒトは走力も腕力も劣り、追いかけて食べでのある獲物を獲ることはできなかったに違いない。山火事で焼けた動物の遺体や他の動物が忌避する苦味や臭いのきつい草や果実を食べて生き延びてきたものと想像する(大場, 2000)。その過程で毒草の峻別しゅんべつも進んだのだろう。

ヘビと死と再生

生・死という現象を原初のヒトはどう理解したのだろう。死には突然死もあるが病魔に侵され絶命することも多かった。当然、死後どうなるのかについても考えをめぐらした。結果として彼らは再生を信じたのである。

再生を信じる根拠となったのはヘビなどの脱皮であったことは容易に想像がつく。ヘビは脱皮する直前、いったん死んだような様相を呈するが、やがて殻の内部から新しいヘビが出てくる。自らの尻尾を食べて永遠に生き続けるという古代ギリシアのウロボルスは紀元前1600年頃の古代エジプト文明にもその現像を求めることができる。また中国の新石器時代(紀元前4700-2900年)の遺跡から出土した玉猪竜ユーズーロンもその一型とみられるなど、同類の図像は古代世界に広く分布する。こうした図像の存在は、人類がヘビの脱皮にヒントを得て死後の再生を考えた証といってよい。

ヒトの生活圏にヘビは多かった。成長すると竜となり天空を住処すみかとするようになると信じられたヘビも、parvulae serpentes non nocent(ヘビも小さいうちは害しない)の言葉のように、常にヒトに危害を及ばす存在ではなかった。しかし、ヘビによる咬傷も多かったことがディオスクリデスの処方から読み取れる。

恐れられる一方でヘビは、ギリシャ神話では地下の神々の力を象徴する代表であり、またそれがゆえに豊穣を約束し、デメテル神に付き従う聖獣として扱われている。さらにヘビは病気を治す力をもち、神々の財宝の守護をも司っていった。

病魔に侵され苦しむ病人に対峙したとき、すばやく病魔(悪魔)の手からヒトを自由にしてやり、ヘビの脱皮のように再生してあげることを考えたに違いない。だから病気治療とは、悪魔を体内から駆逐し、ヘビのごとくに再生してやることだった。そこで、悪魔が嫌う轟音を出して追い出すことや、呪文を唱えたりなど する呪術、妖術などの淫教、さらには悪魔が嫌うとされた刺激臭のある草や腐臭のする内臓、排泄物などが病人に与えられもした。また、病気を治す力をもち、悪魔と闘う力をもつと信じられたヘビやトラ、その他のいわゆるゲテモノの肉や臓器等も体内から病魔を駆逐するために投与されたのである。

薬 草

聞いた話だがゴリラは飽食した後や腹痛らしい表情を浮かべたときに、特定の草木の葉などを口にするという。ヒトに限らずある種の霊長類にとって、植物は単なるエネルギー源やミネラルの供給に資するだけではないようだ。上記の悪魔退治とは別に、特定の症状に効果をもつ草についてのヒトのもつ知識も少しずつ増えていったのであろう。

しかし、繰り返すが古代にあっては、罹患者が今日の医学に通じる医者の治療を受けることは、呪術、妖術を含む数ある治癒の方法のひとつに過ぎなかった。また医者自身も迷信や多種の淫教からは完全に自由であったとはいいきれまい。

理論により地球外の天体探索さえ進む21世紀にあってさえ、迷信や淫教に通じる点もあるハブやマムシなどの毒蛇を浸したアルコールエキス、ヘビやイモリなど、グロテスクな形状をした動物の焼成末、二叉ふたまたにわかれた朝鮮人参(オタネニンジン)のアルコールエキスなどが堂々と売られ、一部の人たちとはいえ、愛用あれている。この状況をかんがみるに古代ギリシアにあって医学が確率していく道がいかに険しいものであったかが察せられよう。

紀元前1世紀のディオスクリデスの『薬物誌』は、当時すでに相当数の植物を病気の治療に用いてきたことを示している。だからというわけではばいが、病気の治療といえば、当初から薬草、すなわちメディカルハーブを与えたものと現代人は疑いもなく思い込んでしまうだろう。しかし繰り返すが、投薬は数ある病気治療の単なるひとつの方法に過ぎなかったとみるべきあり、そのことにもっと注意を払う必要がある。

ディオスクリデスの『薬物誌』
引用文献

  1. 岡部 進,2006年,くすりの来た道最終回,アインシュタインの予言,日薬理誌 127巻238-239ページ .
  2. 大場秀章,2004年,サラダ野菜の植物史,新潮選書, 新潮社.

東京大学名誉教授 東京大学総合研究博物館特招研究員
大場秀章 おおばひであき
1943年東京生まれ。東京大学総合研究博物館教授。現在は東京大学名誉教授、同大学総合研究博物館特招研究員。専門は植物分類学、植物文化史。主な著書に『バラの誕生 ─技術文化の高貴 なる結合─』(中央公論社、1997 年)、『サラダ野菜の自然史』(新潮社、2004 年)、『大場秀章著作選集I,II』(八坂書房、2006・07 年)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第29号:2014年9月