2017.12.1.

【イタリアのハーブ事情】バルサミータとアイリス

日本メディカルハーブ協会国際情報委員

加藤絹子 

JAMHAが主催する2018年度の海外ハーブツアーはイタリア。今号と次号に、ツアーで訪れる街やイタリアのハーブを紹介していきます。

色彩にあふれた織物のように美しい国、イタリア。赤レンガのフィレンツェの街並み。この街を歩いてみると、百合をかたどったメディチ家の紋章が目に入る。イタリアを訪れたら、まず歩いてみるといい。歴史に思いを馳せ、味わう。美術館だけでなく、教会や広場などひとつひとつが史跡であり、見るに値する。フィレンツェっ子はちょっと江戸気質で愛嬌があって好きだ。

フィレンツェの風、自然、植物、香り、今までも、これからもあり続けるもの。来年のツアー訪問地のひとつ、フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ。あの重厚感ある扉の向こうには何があるのだろう。ルネッサンスの装飾輝く歴史空間に一歩足を踏み入れるワクワク感。待ちきれなくて、サンタ・マリア・ノヴェッラを代表するようなハーブは何でしょう?と、勝手ながらメールしてみる。私が知っているのは何だろう?1533年にフランス王へ嫁いだカテリーナ・ディ・メディチのために生み出されたフレグランス「王妃の水」。現在は、ACQUA DI S.M.NOVELLAPROFUMOという名前で製造され続け、セレブリティーのフレグランスと雑誌に紹介されることも多い。印象では、ベルガモットをベースにしたユニセックスで爽やかな柑橘系だ。

「サンタ・マリア・ノヴェッラを代表するハーブといえば、何といってもバルサミータ(Balsamita major Desf.= Balsamita. vulgaris=Chrysanthemum balsamita L.=Tanacetum balsamita L.=Pyrethrum balsamita)です。鎮静作用のあるこのハーブは、1600年代からドメニコ修道士により薬草園で栽培され、かつてAcqua antisterica(抗ヒステリー水)と呼ばれていた調合水を作るために使用されていました。この調合水は、ACQUA DI SANTA MARIA NOVELLA(サンタ・マリア・ノヴェッラ水)と商品名を改名し、現在も昔からの調合を守りながら製造、販売されています。このハーブの栽培、蒸留も弊社内で行われています」(サンタ・マリア・ノヴェッラ広報)

1614年、初代薬局長アンジョロ・マルキッシ修道士によって考案された水性アルコール溶液。サンタ・マリア・ノヴェッラ草とも呼ばれるが、正式名はコストマリー。和名バルサムギク。キク科キク属の多年草である。コストマリーは昔から西洋では薬として使われてきた。香りの主成分は、カルボン、ツヨン、ファルネセン、リモネン、ファルネソール。ミント系と柑橘系、そしてちょっと甘くスパイシーな香りがする。または、バイブルリーフとも呼ばれ、昔、若い修道士たちが、教会での長い説教の際、聖書の間に挟んだコストマリーの香りを嗅いで、気持ちを紛らわしていたことに由来する。

サンタ・マリア・ノヴェッラの歴史は、教会から始まる。もとはドメニコ派の説教の場所だが、この修道士たちがフィレンツェに修道院を建て始めた1221年頃から、独自に薬の調合を仲間の修道士のために行っていたそうだ(バイブルリーフの別名はドメニコ派からきているのではないと思いますが(笑)。1612年に修道士アンジョロ・マルキッシにより、一般市民への薬の販売が始まると同時に、王侯貴族の間で評判が広まり、「トスカーナ大公御用達」の称号が与えられ、ここから、現存する世界最古の薬局としての長い歴史が本格的に始まった。途中、ナポレオンのイタリア侵攻、その後のイタリア統一を経て、1866年にイタリア中の修道院と修道院づきの薬局が国に接収された際にも、この薬局はその所有権を在家へ譲渡することにより接収を逃れ現在に至っている。今もなお、約480年前当時と同じ製法を守り、作り続け販売している長い歴史をもつ薬局である。

サンタ・マリア・ノヴェッラ・ガーデンのバルサミータ

「アイリスは、フィレンツェを象徴する花でもあります。通常、百合といわれていますが、もともとはアイリスを指していたようです。サンタ・マリア・ノヴェッラにとってもアイリスは昔から商品に使用され続けていた植物です。アイリスの香りの商品ラインも、オーデコロン、ソープ、キャンドルなど、たくさんあります。また、アイリスの根茎をパウダーにしたものは、昔から優しいピーリング効果があるとして使用されてきました。現在も、Polvere d’Ireos(アイリスパウダー)という名前で製造、販売されています。このパウダーは、弊社の歯磨きペーストにも配合されています」(サンタ・マリア・ノヴェッラ広報)

アイリスは別名「オリス」「イリス」とも呼ばれ、アヤメ科に属する草木。アイリスは姿の美しさと気品の高さから、古代ギリシャ時代、古代エジプト王朝の時代より王族や貴族らのシンボルとなった。種類はいくつかありIris pallida、Iris florentina、Iris germanica

古代ギリシャ時代にもアイリスの根を歯磨き素材として、また、吹き出物や頭痛などに効果があるとされた。また近代では粉末にしたその根に、抗がん作用があるともいわれている。抗酸化作用が強いということはフェノール性成分が多く含まれているのだろう。

メディチ家の紋章もアイリスの花というのが有力のようだ。アイリスの下に並ぶ6つの赤い球は、メディチ家の名前が医者を想像させるところから(メディコ=医者)、丸薬を球体としたなどと考えられている。

それにしても、約400年前の1614年、初代薬局長アンジョロ・マルキッシ修道士はなぜ“抗ヒステリー”に効果が期待できる調合水を作ったのだろう。いつの時代にもストレスはあるということか。

とりわけ、ルネサンス以前の中世ヨーロッパは、封建社会とカトリック教会の戒律も厳しく、この時代の崩壊とともに人々は人間性の解放を求めた。どうやら、人間の本質は時代変われど同じようだ。

目を閉じて、コストマリーの、アイリスの香りを胸の奥まで大きく吸ってみる。それは身体と精神をよみがえらせてくれるものであり、心は安らぎ、現代社会を生き進む上でのお守りのようなものなのかもしれない。修道士たちの永遠の祈りは今も、私たちの日常を彩る。

  • (誌面協力・写真提供)フィレンツェ Officina Profumo–Farmaceutica di Santa Maria Novella広報
  • (参考文献)ジル・アンダーソン,いつかは行きたい一生に一度だけの旅世界の聖地BEST500,日経ナショナルジオグラフィック社

 

日本メディカルハーブ協会国際情報委員
加藤絹子  かとう・きぬこ
ミュージカルの舞台から始まり、大河ドラマなど多数のTV、舞台、ドキュメンタリーの語り、CMなど積極的にマスコミ活動を広げた後、チベット体操講師として国内外の女性から支持されている。世界中のさまざまな地域への渡航、居住経験などから、アーユルヴェーダ、植物学を中心としたオルタナティブな療法を学び、2008年スリランカ伝統医学協会認定アーユルヴェーダインストラクターの資格を取得。インド、スリランカ開催のアーユルヴェーダシンポジウムへの参加をはじめ自然との共存、心身の健康を多岐にわたり提案している。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第42号 2017年12月