2022.9.14

抗がん剤による末梢神経障害に対するサフラン成分クロシンの有効性

学術委員

報告:河野加奈恵

抗がん剤による末梢神経障害であるCIPN(化学療法誘発性末梢神経障害)は抗がん剤治療における副作用の1つで、抗がん剤の種類により30%から90%の割合で発症し、投与後すぐに表れる急性神経障害や、長期間継続する慢性神経障害を起こし、患者のQOLに影響を与えるだけでなく、症状の程度により治療の制限や中断が必要になる場合もあり、治療全体に大きな影響を与える場合がある。症状には、手足の痺れ、感覚異常、ヒリヒリ感、重度になると発作のような耐え難い痛みや、低度の刺激に対して強い痛みを感じるなどの神経因性疼痛を起こす。

これらの神経障害は中枢および背根神経節の神経炎症が関与していると考えられ、その治療には三環系抗うつ薬、抗けいれん薬、オピオイド系鎮痛剤などが使用されるが、抗がん剤との相互作用により使用できる薬が限られ、限られた効果しか示さず疼痛の管理が難しい。

ユリ科のサフラン (Crocus sativus) は、サフラナール、クロシン、クロセチン、ベータカロテン、リコピン、ゼアキサンチン、リボフラビン、チアミン、およびミネラルを豊富に含む。サフランには、鎮痛、抗酸化、抗遺伝毒性、抗腫瘍、抗炎症、抗けいれん、抗うつ、抗菌、鎮静、記憶力強化、神経保護効果作用がある。現在、特にその薬への相互作用の少なさが注目され、欧米では抗うつ剤と併用できる補完代替療法としてうつや不安症に利用されている。

また、近年、動物実験でサフラン成分のクロシンの鎮痛効果が広く研究されており、糖尿病の末梢神経障害、慢性狭窄損傷、機械的アロディニア、および熱性痛覚過敏などにおける末梢神経障害の症状の軽減や鎮痛効果が実証され、また、線維筋痛症患者の臨床試験では疼痛症状の緩和が確認された(1) 。クロシンは、スーパーオキシドジスムターゼ などの抗酸化酵素の活性を著しく増加し、その抗酸化作用によりニューロン損傷を防ぎ、また、神経興奮伝達物質を減少させ、痛覚過敏を抑制する。その他にも内因性カンナビノイドシステムを介している可能性が推測されており、それら複合的な作用により神経保護効果や鎮痛効果をもたらすと考えられている。

この度、CIPNにおけるサフランの成分クロシンの有効性を調査するために無作為化二重盲検プラセボ対照クロスオーバー比較試験が行われた(2)。この試験は神経毒性化学療法剤を投与され、軽度から重度の感覚異常や神経障害を持つがん患者177名を対象に、2週間のウォッシュアウト期間で区切られた2つの8週間のフェーズから構成される。被験者をランダムに2つのグループに分け、一方には第一フェーズとしてサフランの錠剤(クロシン15 mg 含有のサフランエキス)を1日2回8週間投与し、その後、2週間投与を中止、後半の第二フェーズではプラセボ薬を8週間投与、また、別のグループには反対に第一フェーズにプラセボ薬を8週間投与し、2週間のウォッシュアウト期間を挟み、後半の第二フェーズの8週間にサフラン剤を投与した。

主要アウトカムとして痛みの評価に4種類(NRS、ENS、NCIC-CTC、WHO)の疼痛スコア、また、副次アウトカムとして7種類の疼痛やQOLなどの評価基準が採用され、合計18週間の期間中、毎週評価を行い、感覚、運動機能、および神経因性疼痛の程度を記録した。

結果は、どの評価基準においても、第一フェーズにおいて、プラセボ薬のグループは症状の改善が認められなかったが、サフラン剤グループは徐々に症状が軽減し、最後の3週間で大幅に全てのスコアが改善した。また、2週間のウォッシュアウト期間の後、第二フェーズにおいては、第一フェーズでサフラン剤により症状が大幅に改善したグループはプラセボ投与により症状がベースラインと同程度にぶり返し、また逆に第二フェーズでサフラン剤を投与されたグループは徐々に症状の改善が見られ、やはり最後の3週間に顕著に全てのスコアが改善した。その他、副次アウトカムでも、サフラン剤投与で改善、プラセボ薬でベースラインに症状が戻る、同様の結果が認められた。

また、クロシンは過剰摂取や長期使用をすると吐き気や嘔吐を引き起こす可能性があるが、規定の範囲内の摂取であれば重大な副作用や薬との相互作用は引き起こさず、本試験においても有害な影響においてプラセボ薬と差異はなかった。

この結果により、クロシンはCIPNによる疼痛の重症度を大幅に軽減することが明らかになり、副作用のある抗うつ剤の代用として、抗がん剤治療時における疼痛管理での利用が期待される。ただし、今回の試験は期間が短かく、また、炎症や酸化ストレスなどのバイオマーカーの比較が行われなかったこと、また、クロシンの神経保護効果の正確なメカニズムを調査するため、引き続き補完的な研究が必要である。

〔文献〕

(1) Shakiba M, et al. Saffron (Crocus sativus) versus duloxetine for treatment of patients with fibromyalgia: A randomized double-blind clinical trial. Avicenna J Phytomed. 2018 Nov-Dec;8(6):513-523. PMID: 30456199; PMCID: PMC6235666.

(2) Bozorgi H, et al. Effectiveness of crocin of saffron (Crocus sativus L.) against chemotherapy-induced peripheral neuropathy: A randomized, double-blind, placebo-controlled clinical trial. J Ethnopharmacol. 2021 Dec 5;281:114511. DOI: 10.1016/j.jep.2021.114511. Epub 2021 Aug 11. PMID: 34390797.