2012.3.12

食事と憩室疾患のリスク

アブストラクト翻訳:熊谷新司、コメント:桂川直樹

英国人ベジタリアンと非ベジタリアンの前向きコホート研究

原題:Diet and risk of diverticular disease in Oxford cohort of European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC): prospective study of British vegetarians and non-vegetarians
論文掲載:BMJ2011年7月19日 2011;343:d4131
著者:Francesca L Crowe nutritional epidemiologist, Paul N Appleby senior statistician, Naomi E Allen epidemiologist, Timothy J Key professor of epidemiology

オックスフォード大学で行われている、全英から主に健康に関心のある英国人を対象とした、ベジタリアンの食習慣と食物繊維の摂取の憩室疾患への関連を研究した報告です。イングランドかスコットランドに在住の47,033人の男女(うち33%にあたる15,439人がベジタリアン) が参加しています。

130種の食品の摂取頻度に関する質問票から食物繊維摂取量を推定し,
被験者をグループ化しています。憩室疾患の発生状況は医療記録や死亡証明書により確認しています。食事内容のグループと、食物繊維摂取量によって五等分に分割し、憩室症リスクのハザード比と95%信頼区間を、Coxの比例ハザードモデルによって評価しています。

平均 11.6 年間の追跡調査の結果、憩室疾患により806例の入院と6例の死亡が確認されました。交絡変数を調整すると,ベジタリアンは肉類を含む食事をするグループより、憩室疾患にかかるリスクが31%低い(リスク比 0.69, 95%信頼区間:0.55-0.86)ことがわかりました。憩室疾患による入院や死亡の起きた割合は,50〜70歳の肉類を摂取する人々が4.4%なのに対して、ベジ タリアンは 3.0%でした。

また、最も食物繊維摂取量が多い上位20%のグループ(女性:25.5g/日以上、男性26.1g/日以上)は、最も摂取量が少ない下位20%のグループ(男女とも14g/日未満)に比べて、リスクが41%低く(リスク比0.59,95%信頼区間 0.46-0.78;食物繊維の摂取とは逆の相関も認められました。

ベジタリアンの食習慣、食物繊維摂取を増やすこと、そのどちらも憩室疾患リスク低減に著しく相関があり、憩室疾患による入院や死亡のリスクを減らすことができるというが得られました。
(アブストラクト翻訳:熊谷新司)

この研究の前に知られていたこと (What is already known on this topic)

・ 食物繊維の摂取を控える食習慣は憩室疾患の重要なリスク要因と考えられてきたが、これまで前向きコホート研究は一件しか報告されていなかった。
・ ベジタリアンにとって憩室疾患のリスクは低いと考えられていたが、これまで研究されることがなかった。この研究によって得られた知見(What this study adds)
・ この前向きコホート研究により、ベジタリアンの食習慣をすること、あるいは食物繊維を多く摂取することで憩室疾患のリスクを低くすることが示された。

憩室疾患は欧米に多く、食物繊維の不足が原因と言われており、近年の食習慣や生活様式の欧 米化に伴い、日本でも症例が増えていると言われています。

この研究は前向きコホート研究で、かつCoxの比例ハザードモデルを用いて、肉食の量やBMI、 運動の有無、喫煙など疾患リスクを減らす他の要因による影響を除外していることから、信頼性の高い結果が得られています。ベースラインの質問票で食物繊維を定量化したのは平均11.6年前ですが、5年後のベジタリアンに対しての追跡調査(有効回答率67%)で、男性の90%、女性の84%がベジタリアンを維持していることを確認しています。

研究の時間的な経過の置き方も適切であり、この研究の信頼性をさらに高めています。

ベジタリンは肉や魚を食べない人たちで、これ以外にも卵を摂取しない完全なベジタリアン、肉は摂取しないが魚を食べる人たち、肉も魚も食べる人とたちの4つのグループに分けて調査しています。ベジタリアン全体ではアブストラクトにある通り31%のリスク低減ですが、完全な ベジタリアンの場合にはその症例は4件と少ないものの72%のリスク低減となっています。

ベジタリアンや食物繊維の摂取により腸管での滞留時間が短くなることや排便の頻度が多くな ることがこのようなリスク低減につながっていると考えられています。
(コメント:桂川直樹)

———————————————————————————————

〔知っておきたい用語〕

1)憩室疾患: diverticular disease 憩室(diverticulum)とは、大腸粘膜の一部が腸管内圧の上昇により嚢状(のうじょう)に腸壁外に突出したもので、多くは無症状で経過する。憩室を複数持つ状態(複数形はdiverticula)を憩室症(diverticulosis)と呼び、アメリカ人では40歳以上の10%、60歳以上では50%以上の人が憩室症だと言われている。憩室症との合併症により憩室出血(diverticular bleeding) や憩室炎(diverticulitis)などの憩室疾患が引き起こされ、強い腹痛、下痢、発熱、血便などを伴い治療が必要となる。従来、欧米では左側の大腸(S状結腸)に好発するのに対し、日本では右側結腸に多いといわれてきた。

2)EPIC:The EPIC-Oxford Study
The European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC)はオックスフォード大学で1993年にはじめられた、65,000人のイギリスに住む男女、とくにベジタリアンを対象とした前向きコホート研究。その研究の目的は、食習慣が慢性疾患やがんにどのような影響を与えるかを観察すること。

3)Coxの比例ハザードモデル: multivariate Cox proportional hazard regression models David Coxが発明した回帰分析の手法で、交絡変数からの影響を取り除く手法のひとつ。多変量コックス回帰とも訳されている。多くの変数の要因(共変量・交絡変数)から特定の要因が結 果(発症・死亡などのハザード)に与えている影響度を調べる手法。

4)交絡変数: confounding variables 統計モデルの中の従属変数と独立変数の両方に(肯定的または否定的に)相関する外部変数が存在すること。つまり、今回のケースでは喫煙や年齢など食習慣とは異なるものでもリスクを低減することが統計的に証明できていることから、この影響を取り除く調整(adjustment)を 行う必要があり、これをCoxの比例ハザードモデルで行っている。

5)リスク比: relative risk コホート研究では危険因子を有する者と有しない者の2群に分けて、ある結果が起きるかどうかを前向きにフォローして調べる。従って、研究をスタートした時点ではまだ結果は起きてい ない。

リスクの異なる2群で比較したときに一方の群がもう片方の群に対してどの程度のリスク 低減に繋がっているかを示している。このケースでベジタリアンとノンベジタリアン、食物繊 維を多く摂取するグループと少ないグループを比較している。