2017.12.1.

植物精油成分の脳内移行性

国際医療福祉大学薬学部准教授

佐藤忠章

我々は、アロマセラピーの科学的な解明を目的として研究を行っている。アロマセラピーの効果が科学的に解明されれば、医療分野での積極的かつ効果的な利用につながると考えている。アロマセラピーの科学的な解 明の方法にはさまざまなアプローチが存在するが、我々は、アロマセラピーで用いられる植物精油の化学成分 分析、そして吸入投与による薬理作用を動物実験の手法を用いて研究を行っている。今回、植物精油成分が薬 理作用を発現するために重要な部分である化学成分の脳内への移行性を中心に報告する。

はじめに

自然な香りや人工的な香りなど、我々は香りとともに生活しているといっても過言ではない。しかし、これらの香りが知らず知らずのうちに感情や行動などに影響を及ぼしているとしたらどうだろうか?一番わかりやすいのは、おいしそうな香りを嗅いだときにその食べ物を連想して実際に食べに行ってしまうことなどが考えられる。そこには自分の意思が存在しているのだろうか?現在でも、香りの効果について科学的に未解明な部分が数多く存在する。香りの及ぼす影響がより明確になれば、これまでの生活に大きな影響を及ぼす可能性を秘めている。

我々はこれまで、アロマセラピーなど植物精油の吸入による効果を科学的に解明することを目的とした基礎研究を行ってきた。主なものとしては、ゲットウ精油の抗不安様作用、トドマツ精油の抗不安様作用、ラベンダー精油の抗不安様作用、ユズ精油の抗不安様作用、スターアニス精油の抗不安様作用、サンダルウッド精油の抗不安様作用、タイムリナロール精油の抗疲労作用などである。詳細は関連する文献を参照していただきたい。

今回はその中で、知られているようであまり知られていない、吸入による香り成分の体内動態に関する研究について、我々がこれまでに行った研究をいつくか取り上げる形で報告する。香り成分が脳内に移行するということは、それにより脳機能に影響を及ぼすことは十分に考えられる。

研究を行ったことがある方はイメージがつきやすいかもしれないが、吸入投与は投与する物質が気体となり周囲に拡散する状態の中で鼻腔粘膜や肺から体内に取り入れられるため、投与する物質が液体や固体の状態である他の経口投与、腹腔内投与(動物実験のみ)、静脈内投与、経皮投与などと比較して投与量の制御が困難である。吸入投与で知られている麻酔薬などは、投与による状態の管理が難しいとされている。

リラックスやリフレッシュなどの効果を期待して用いられる植物精油の吸入投与も同様に、そのときの温度条件、湿度条件、個体差によって感じ方も効果も異なってしまう。植物精油の吸入投与による効果を科学的に再現性よく行うためには、投与する側を制御するのが最も良いのだが、そのような装置は非常に複雑である。そこで我々は、吸入投与後の体内へ移行した成分量を測定することで、科学的な検証を試みることにした。

実験1

抗菌作用や抗不安作用があるとされ、日本では沖縄を中心に栽培が盛んであるゲットウ(Alpinia zerumbet)の精油について、抗不安作用の有無を明らかにする目的でマウスを用いた動物実験を行った1)。使用したゲットウ精油には、3.6%のα-ピネン、28.5%のp-シメン、14.9%の1,8-シネオール、8.7%のリモネンが含まれていた。このゲットウ精油を10μL/Lairの濃度で90分間マウスに吸入投与したところ、コントロールと比較して有意な抗不安様作用が認められた。

次に、ゲットウ精油を吸入した場合、体内のどの部分に移行するかについて研究を行った。その結果、元のゲットウ精油中の含有量が4種類の中で一番少ないにも関わらず、α-ピネンの検出量が最も高く、脳、肝臓、腎臓に移行していることが明らかとなった(Table1)。

Table1 ゲットウ(Alpinia zerumbet) 精油 10μL/L airをマウスに90分間吸入投与後のα-ピネン、p-シメン、1,8-シネオール、リモネンの血液、肝臓、腎臓、脳における濃度(μg/g)。値は平均値±標準誤差。n=5。Trace<0.1μg/g。

それは血流を介しての移行が主要な経路であると考えられる。一方、血液からの成分の検出量が他の臓器と比較して少なかったのは、90分間の吸入時間の中で他の臓器へ移行したか、代謝されてしまったものと考えられる。

実験2

植物精油は、吸入投与により脳内へ容易に移行し、さらに効果を示すことが考えられたことから、脳内のどの領域へ移行するのかを明らかにする目的で検討を行った2)。使用したのは、抗菌や鎮静作用があるとされ、日本全国で栽培されているヒノキ(Chamaecyparis obtusa)の精油である。このヒノキ精油には、17.5%のδ-カディネン、15.3%のα-ピネンなどが含まれていた。マウスに8μL/Lairと32μL/Lairのヒノキ精油を90分間吸入投与したところ、ともに有意な抗不安様作用が認められた。

次に、同様の条件で脳内移行性を検討したところ、容量の多かったδ-カディネンはほとんど検出されず、全脳から主にα-ピネンが検出された。そして、脳を嗅球、前頭皮質、線条体に隣接した大脳皮質、海馬に隣接した大脳皮質、線条体、中核、海馬、視床、視床下部、中脳、小脳、延髄の12の領域に分割して定量を行ったところ、脳の各領域からはほぼ一様にα-ピネンを検出することができた(Figure1)。

Figure 1 ヒノキ(Chamaecyparis obtusa)精油8μL/L airと32μL/L airをマウスに吸入投与後のα-ピネンの脳内 各領域における濃度(μg/g)
OB:嗅球、FC:前頭皮質、CS:線条体に隣接した大脳皮質、 CH:海馬に隣接した大脳皮質、ST:線条体、SE:中核、 HI:海馬、TH:視床、HY:視床下部、MI:中脳、CE:小脳、 ME:延髄。値は平均値± 標準誤差。n=5。

すなわち、ヒノキ精油は吸入投与により脳内にα-ピネンが一様に移行することで抗不安様作用を示したと考えられる.

実験3

通常、植物精油は多成分で構成されており、化学的に合成された単一成分のものよりもマイルドで多様な効果が期待できると考えられている。そこで、単一成分のものと多成分のものとでは、成分の体内への移行性にどのような違いがあるのかについて検討を行った3)。試料として実験1の研究で抗不安様作用の認められているゲットウ精油の組成を参考に、α-ピネン、p-シメン、1,8-シネオール、リモネンをそれぞれ単一成分の場合と等量で混合した混合成分の場合について検討を行った。実験方法は、90分間マウスに吸入投与を行い、その直後に解剖を行い脳と肝臓から抽出を行った。その結果、単一成分では脳内、肝臓内からの検出量は化合物間でほとんど同じであったのに対して、4種類混合の場合には、α-ピネンの脳内の量にp-シメンや1,8-シネオールの脳内の量と比較して有意な増加が認められた(Figure2)。

Figure 2α-ピネン、p-シメン、1,8-シネオール、リモネンを10μL/L airの濃度で、それぞれ単独で吸入投与した場合と 4 種混合で吸入投与した場合における脳内濃度(A) と肝臓内濃度(B)
AP/ 1:α- ピネンを単独投与、PC/1:p-シメンを単独投与、CI/1:1,8-シネオールを単独投与、LI:リモネンを単独投与、AP/4:4種混合投与時のα-ピネン濃度、PC/4:4種混合投与時のp-シメン濃度、CI/4:4種混合投与時の1,8-シネオール濃度、LI/4:4種混合投与時のリモネン濃度。値は平均値±標準誤差。n=5。*p<0.05。

4種類の化合物において、p-シメンの分子量(134.2)が最も小さいが、沸点はα-ピネンが最も低い(156°C)。これは、α-ピネンが揮発しやすいことを示しており、今回の結果の要因のひとつであると考えられる。混合成分であることがマイルドな作用をもたらすとは一概にはいえないことも示している。

実験4

これまで吸入直後の脳内濃度を中心に検討を行ってきたが、化合物の構造の違いが代謝速度に影響を与えることが十分に考えられた。そこで、脳内に移行した成分はどれくらいの時間で代謝されるのかについて検討を行った。使用したのは、植物精油成分として主要な化合物であるα-ピネン、リモネン、リナロール、1,8-シネオールである。実験では、30分間の吸入投与直後、90分間の吸入投与直後、90分間の吸入投与から30分後、腹腔内投与から30分後で比較を行った。その結果、α-ピネンは短時間で脳内に移行し、リモネンに比べてリナロールは脳内への移行量が少なく、1,8-シネオールは30分経過しても脳内から代謝されにくいことなどが明らかとなった(Figure3)。

Figure 3吸入投与直後あるいは時間経過後における脳内濃度。
(A)α – ピネン投与、(B)リモネン投与、(C)リナロール投与,
(D)1, 8-シネオール。i.h.30-rest 0:吸入投与30分直後の脳内濃度、i.h.90-rest 0:吸入投与90分直後の脳内濃度、i.h. 90 -rest 30:吸入投与 90分から30分後の脳内濃度、i.p.-rest30:腹腔内投与から30分後の脳内濃度。値は平均値±標準誤差。n=3-4。*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001。

すなわち、これらの揮発性成分の特性が植物精油の効果発現や持続性に影響を及ぼしていると考えられる

まとめ

本報告では主に以下のことが明らかとなった。

  • 実験1 : ゲットウ精油の吸入投与により、α-ピネンが脳内に移行しやすい。
  • 実験2 : ヒノキ精油の吸入投与により、α-ピネンは脳内の各領域に一様に移行する。
  • 実験3 : α-ピネンは、他の成分が存在することで、組織移行性が高まる。
  • 実験4 : 同じ揮発性成分であっても、化合物の種類によって脳内における動態が異なる。

これらの結果は、マウスを使用した結果であることからヒトに直接当てはめることは困難である。しかし、ヒトでも十分に起こりえる現象である。香りというと嗅覚が注目されてしまいがちではあるが、今回提示したような脳内での直接作用も存在することも覚えておいていただきたい。しかし、これらの揮発性成分が脳内でどのような機序で作用しているかなど解明すべき点はいくつも残っている。今後、詳細な研究を行うことで、アロマセラピーの科学的な解明に近づきたいと考えている。最後に、本研究を行うに当たりご指導ご鞭撻を賜りました東邦大学薬学部小池一男教授に深く感謝いたします。

(References)

  1. Satou T, Murakami S, Matsuura M, Hayashi S, Koike K. Anxiolytic effect and tissue distribution of inhaled Alpinia zerumbet essential oil in mice. Natural Product Communications. 2010;5(1):143-146.
  2. Kasuya H, Iida S, Ono K, Satou T, Koike K. Intracerebral Distribution of α-Pinene and the Anxiolytic-like Effect in Mice Following Inhaled Administration of Essential Oil from Chamaecyparis obtuse. Natural Product Communications. 2015;10(8):1479-1482.
  3. Satou T, Takahashi M, Kasuya H, Murakami. S, Hayashi S, Sadamoto K, Koike K. Organ accumulation in mice after inhalation of single or mixed essential oil compounds. Phytotherapy Research. 2013;27(2):306-311.
  4. Satou T, Hayakawa M, Kasuya H, Masuo Y, Koike K. Mouse brain concentrations of α-pinene, limonene, linalool, and 1 , 8 -cineole following inhalation. Flavour and Fragrance Journal. 2017;32(1):36–39.
国際医療福祉大学薬学部准教授
佐藤忠章 さとう・ ただあき
国際医療福祉大学薬学部准教授。博士(薬学)。薬剤師。1994年東京薬科大学薬学部製薬学科卒業、1996年東京薬科大学薬学修士課程修了、同年東邦大学薬学部助手、2006年東邦大学薬学部講師、2016年東邦大学薬学部准教授、現在に至る。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第42号 2017年12月