2021.1.7.

メディカルハーブを用いた脳梗塞の新規治療法の開発

大阪大学大学院生命機能研究科特任教授

坪井昭夫

1.研究目的

脳梗塞は、本邦の死亡原因の4位となる極めて発生頻度の高い疾患である。しかしながら、虚血などにより脳組織が損傷した際に、失われたニューロンや神経回路を再生するための有効な治療法は未だ確立されていない。一方、嗅球における介在ニューロンは神経細胞としては例外的に、成体の脳でも常時新生され、既存の神経回路に編入されている。申請者らはこれまでに、新生される嗅球介在ニューロンに注目して、神経活動依存的な発達機構の解析を行い、ニューロンの発達促進因子(5T4とNpas4)を新たに見出した(申請者ら,J Neurosci, 32, 2217, 2012; Cell Reports, 8, 843, 2014;J Neurosci, 36, 8210, 2016)。そこで本研究では、メディカルハーブの暴露マウスと非暴露マウスに関して、中大脳動脈閉塞手術により脳梗塞マウスを作製し、梗塞部位におけるニューロンの生存に対する効果を検討した。そして、損傷脳における神経回路の修復機構を明らかにして、脳梗塞を含む脳血管障害の新規治療法の開発を目指した。

2.研究方法

図1

申請者は先ず、中大脳動脈閉塞(MCAO:middlecerebralarteryocclusion)手術を用
いて、脳梗塞モデルマウスを作製した(図1上)。次に、梗塞24時間後に脳の連続切片を作成し、2,3,5-triphenyl tetrazolium chloride(TTC)染色を行った(図1下)。TTCは白色の酸化還元指示薬で、生理活性のある組織(生細胞)では脱水素酵素によって還元され、不溶性で赤色のTPF(1,3,5-triphenylformazan)になるが、活性のない組織(死細胞)では白色のままである。

図1 中大脳動脈閉塞手術と術後24時間での脳切片のTTC染色

本研究では、メディカルハーブとしてフタバガキ科の龍脳樹の樹脂に含まれるボルネオール(borneol)を用いた。メタノールに溶解された(-)-ボルネオール(Merck社;2mg/ml)の溶液を1cm2の沪紙に滴下した後、蓋に複数の穴を開けたプラスティックシャーレ(30mm内径)に入れた(マウスが沪紙を舐めることができないように)。コントロールでは、沪紙にメタノールのみを滴下した。それぞれの沪紙の入ったシャーレをケージに入れ、そこに ホームケージに居た6週齢の雄マウス1匹を入れて40分間放置した。その直後に、マウスにMCAO手術を行い、ホームケージに戻して、24時間後に脳の連続切片を作製した。

3.研究結果

マウス脳の冠状連続切片(厚さ1mm)に対してTTC染色を行い(図2上)、各切片における白色部の面積を計測し、その厚みを勘案して、白色部の体積を積算した(図2下)。MCAO手術の直前に、40分間ボルネオールに暴露したマウスでは、コントロールマウスと比較して、大脳皮質における梗塞部位の体積の割合が減少する傾向にあることが分かった(検体数が少ないため有意差は得られていない)。

図2

次に、40分間ボルネオールを暴露したマウスに関して、その直後に脳切片を作製して、in situハイブリダイゼーションを行ったところ、大脳皮質の梗塞予定部位の境界において、最初期遺伝子であるegr-1やc-fosのみならず、Npas4遺伝子が最も顕著に発現していることが分かった(申請者ら,未発表データ)。Npas4は転写制御因子であるので、現在、その下流で働く遺伝子を網羅的に探索している。

4.今後の展望

本研究で用いたボルネオールは樟脳の一種で、竜脳、ボルネオショウノウとも呼ばれ、(-)-ボルネオールは竜脳樹やラベンダー等に、(+)-ボルネオールはタカサゴギク等に含まれている。ボルネオールは多くの生物活性、例えば、抗炎症性、エネルギー代謝の改善、脳虚血 / 再灌流に対する神経保護などの作用を持つことが知られている(Zhang et al., Front Physiol, 8, 1133, 2018)。Zhangらの脳梗塞に対する神経保護効果は、MCAO手術前の3日間ボルネオールを経口投与し続けて得られたものであり、本研究での術前短期暴露とは大きく異なる。また、ボルネオールはその高い脂質可溶化活性により、効率的な膜透過促進剤となり、脳組織における薬剤の局所濃度を増加させると報告されている(Wu, et al., Eur J Pharmacol, 740, 522, 2014)。本研究でのMCAO手術前の短期暴露では、揮発したボルネオールが微量に、鼻粘膜を介して脳組織に輸送される可能性はあるが、新奇環境下での匂いやシャーレ等に対して嗅覚・視覚・触覚等の感覚が刺激されて、惹起されたニューロンの活性化により神経細胞死が軽減されたと考えている。現在、ボルネオールは脳梗塞のみならずアルツハイマー病やパーキンソン病に対して、中枢神経系への刺激による‘気付け’効果が期待されている。

大阪大学大学院生命機能研究科特任教授
坪井昭夫 つぼいあきお
1980年名古屋大学農学部卒業。米国DNAX分子細胞生物学研究所博士研究員、東京大学医科学研究所客員研究員、東京大学大学院理学系研究科助手、科学技術振興財団さきがけ研究(PRESTO)研究員兼任、奈良県立医科大学医学部教授などを経て、2019年より現職。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第51号 2020年3月